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「……双遇様は、いろんなものを持っていらっしゃいます。おれには手の届かないものばかり。地位も、名声も、お金も、人だって。お兄ちゃんは、言っていました。双遇様みたいな人と住む場所を同じくする人は、雲の上にいる。双遇様が本気で相手にするのはそういう人たちで、おれたち南條家のような者に対しては、本気で相手にする価値はないと思ってるよ、って。双遇様は支配する必要があるから、巽みたいなオメガを選んだんだ、って」 「成市郎さんは誤解しているよ。……君はわかってくれているんだろう、巽?」  巽は振り向いて、自分のほうを一心に見つめてくる灰色の瞳に向き直った。灰色の瞳は、アルファに特有の色だ。すなわちオメガを支配できるという証だった。  巽は沈んだ口調で、気がなさそうにつぶやいた。 「おれは、最初は舞い上がっていました。双遇様みたいな素晴らしい方が、おれなんかを相手にしてくださって。双遇様は優しい言葉を掛けてくださいますし、おれのことを大事にしてくださいます。するときも、必ず避妊してくださるし。でも、お兄ちゃんに説得されて気がつきました。双遇様みたいな素晴らしい方が、やっぱりおれなんかを本気で好きになるわけないって」 「……成市郎さんが日本に帰ってきてからだ。すべてが変わってしまったのは」 「お兄ちゃんのことは悪く言わないでください」  目に涙を溜める巽に、双遇は困った顔で彼の華奢な体を抱きしめた。耳元に唇を寄せ、 「どうしたら信じてくれる?」  囁く。巽は身じろぎし、目を伏せた。  そのとき、スマートフォンが再び振動した。巽が画面を見ると、兄からメールがあった。そこにはこう書かれていた。 「もう寝たか? 双遇さんと、一度話がしたい。今度の日曜日、おれたちの家を訪ねてくるように頼んでもらえるか?」  巽がそのことを話すと、双遇はふたつ返事で「もちろん」と言った。兄を味方につけるためにはなんでもするつもりだったのだろう。  眠りに落ちる前、双遇は巽の体を抱いて、こう言った。 「君は成市郎さんの気持ちを大事にしすぎると、ぼくは思う。君の気持ちはどうなんだ?」  巽はわからないと言った。 「お兄ちゃんの言うことは、いつだって正しいです。おれも、お兄ちゃんの言う通りだと思います。でも、おれ……双遇様のことも、好きです」  「双遇様のこと『も』」と言われたとしても、双遇は動じた様子を見せなかった。むしろ喜んだ。彼は柔和に微笑んで、ありがとうと言った。そのまま眠りに落ちていった。  巽は眠る男の美しい顔を暗闇の中、いつまでも眺めていた。こんな美しい男を一人占めにできるとは、とうてい思えなかった。おれはそこまで愚かじゃないです、と巽は思う。そして、彼も眠った。
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