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「夏奈」
「何?」
「どうして、僕は目を離したんだ」
「え?」
「君はどうして、幻影なんだ……」
この家から海に浮かぶ船が沢山見える。全部、捜索船だ。夏奈の尾びれに触ろうとして、透けた。
「■■君。顔が真っ青だよ。あの漫画に出てきた水死体みたい」
「やめてくれ……」
優しい声色が頭蓋を覆おうとするのを僕は首を振って拒否する。何回もこの声に負けてきたのだ。
「私の尾びれが気に入らなかったの?」
幻影に足が生えた。
「■■君。早く漫画が読みたいよお……」
一つ言葉を結ぶ度に、幻影の全てが変形していく。夏奈擬きが少しずつ此方に向かってくる。恐らく僕は何回もこんな問答を繰り返してきたのだろう。こうやって僕が真実に気づく度に、僕の脳の自衛機能が働いて、僕を甘やかそうとしてきた筈だ。
「卵、食べるからさ。お願い?」
幻影に身を預ける事の何がいけないんだろう?
現実の方が辛くて死にたくなって病んでいつか終わって何も感じられなくなるのに。ここには理想の夏奈がいて、理想の生活があって、全て満ち足りているのに。
いつの間にか復活した尾びれが僕を包んでくる。
このまま温もりに包まれて、現実と虚構を大胆に侵害されて……
そして、等身大の夏奈を忘れるのか?
「どうして……?」
幻影を突っぱねて、玄関へと逃げる。
鍵を開錠して、押し開けた。
「ルーブ・ゴールドバーグ・マシンへの、ささやかな反逆って奴だ!」
白光が僕の全身を貫いた。目が眩む。
「聞いてたんじゃん。嘘つき」声が聞こえた。
潮風の匂いが正常な鼻腔をくすぐって、僕は目を覚ました。藍色のソファから懐かしい匂いがする。
体を起こして乾いた喉を潤そうとリビングに向かう。机の上に、それらはあった。
エメラルドグリーン色の尾びれの欠片と、半分に齧られたゆで卵。
彼女の水死体は、まだ見つかっていない。
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