下弦の月に照らされて

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下弦の月に照らされて

「今日はちゃんとできたようだな?」 「なんだか、子どものおつかいのよういないい方ね!」  執務が終わり、やっと私室へ戻って来たセプト。少し疲れた顔をしているが、私の心配をしてくれているのが伝わってくる。素直に心配しているといえないのか、冗談交じだ。 「違うのか?」 「違わないかもしれないけど……言い方っていうものがあるじゃない!」 「まぁ、そうだな……じゃあ、今から話すことで機嫌を直してくれ」 「何? 何か変なことじゃないでしょうね?」 「念願のお忍びだ! やっと時間ができた!」 「……もしかして、それで朝早くから夜遅くまで政務に出かけていたの?」 「だとしたら?」と微笑むセプトに、知らないと顔を背ける。本当は、嬉しくて仕方がないのだが、面と向かって「ありがとう」が言えなかった。 「明日にはいけるが、ビアンカの方はどうだ?」 「私は、別に……決まったことはしていないから、いつでもいいよ!」 「じゃあ、明日の昼前に出かけよう。お昼にちょうどいい、おいしいお店がある!」 「食べ物でつろうって魂胆ね?」 「つられてくれるだろ?」  夜のひと時。ベッドに転がりながらたわいもない話をする時間を取るようにしている。お互いを知らないから、知るための努力のひとつだ。先にベッドへともぐりこんではいるが、夕飯後も政務へと出ていったセプトを待つ時間であり、自身の魔力を把握するための時間であったために起きていた。 「仕方がないわね! 行きたい場所もあるし……つられてあげるわ!」 「ふーん、行きたい場所ね? どこに行きたいんだ?」  聞いてくれるのを待っていたので、ニコッと笑う。「なんだかなぁ?」と呟きながらも、私の話に耳を傾けてくれる。 「教会に行きたいの! セプトとは折り合いが悪いって聞いていたけど、本当?」 「あぁ……本当だ。国からの補助金と多額の寄付で協会はなっているんだが……最近、どうも、金の使い道に疑問がわいてなぁ……それから、折り合いが悪い!」 「私が現れたからでは、ないのよね?」 「どういうこと?」 「……うん」  言い淀むと「言い難い?」とこちらを覗き込むように聞いてくれるので、首を横に振る。 「ううん、教えてほしいことがあるの。私が聖女だってこと……私自身は自覚していないけど、セプトは知っていたの?」 「何故?」 「えっと……宝物庫で聖女の姿絵を見たの」 「あぁ、あれか……俺が1番好きな絵だな。昔、カインとミントとでかくれんぼを……」 「そこは、カインに聞いたわ! そうじゃなくて、あの姿絵……」 「俺とビアンカにそっくりだって言いたいんだろ?」 「そう……そうなの!」  ふっと笑うセプト。何か思うところがあるのだろうか? あの絵に思い入れがあるとカインから聞いていたので、今度は私が伺うようにセプトを見つめた。 「教えてやる。ここにキスをしてくれたら……」  頬をトントンと人差し指でたたく。今日はやけに意地悪な雰囲気だ。頬にキスくらいで教えてくれるなら……と、私は寝転んでいたセプトに近づいた。  また、ふっと笑ったと思ったらそっと頭を引き寄せられ、唇が重なる。いつもより、深く求められた。 「んん……!」  じたばたするも、ビクともしないセプト。満足したと言わんばかりのセプトに離れた瞬間に文句の嵐だ! 「はぁはぁ……だましたわねっ! 頬って言ったじゃない! ふぅふぅ!」 「だましたね。そうでもしないと、キスしてくれないからね? 聖女さんは」  くくっと笑うセプトの胸をぽかっと叩くと、「そんなことしてもいいのかなぁ?」と言って、今度は体ごと引き寄せられる。後ろから抱きすくめられ、手をつかまれると、どうすることもできない。 「もぅ! 何がしたいの!」 「キスの先……」 「ひゃっ! セプトっ!」 「ごめんごめん」と軽い調子で謝っているが、添えられている手がなんともやらしい。うなじにキスをされて驚いた。 「もう、鳥籠に帰るっ!」 「それは、困る……」 「じゃあ、放してよ!」 「そうすると、逃げるだろ?」 「当たり前じゃない! 私……まだ……」 「心の準備? まぁ、まだ、婚約したばっかだしね……近くにいすぎて、ちょっと、我慢がきかないんですけど?」 「……我慢してください」  沈黙の時間が流れる。掴まれていた手は解放されたが、身動きをとることができない。 「ビアンカ? 離したけど?」 「……わかってる」 「距離をとらないと襲うよ?」 「……」 「それは、同意ってこと?」 「ビアンカ?」と覗きこんできたセプトを睨むと、はぁ……とため息をついていた。 「悪かったよ、ふざけて」 「……」  私が無言で睨んでいるからか、話を逸らすことにしたらしい。本来の話に戻っていくので、気は抜かないが、セプトの話を聞くことにした。聞こうとした。したのだ。 「姿絵のことだろ? まぁ、俺の方は王と血縁者だから、似ることもあると思うんだけど……聖女の方は、ビアンカだと俺は思っている」  私と向き合うように横になりながら、微笑み、聞きたかった話をしてくれる。それよりも、私の心臓の音がうるさくて、セプトの話なんてほとんど耳に入ってこなかった。重要な話になっていっているが、私には、耳に入ってこない。 「ビアンカ?」 「……」 「大丈夫か?」 「……えぇ、大丈夫よ!」 「そうか、なら続けるが……仮設が1つあるんだ。ただ、ビアンカには、首を切られたときの記憶しかないって言っていたし、自信はなかったんだけど……正直、小さなころから、憧れ続けた聖女が目の前に現れるなんて、思いもしなかったけどなぁ……そんな聖女と二人で、ベッドに並んでいるっていうのも……ビアンカ、本当に大丈夫か?」  寝転がっていた私を抱き起す。 「えぇ、大丈夫だけど……」 「だけど?」 「もう寝ましょ? なんだか、疲れたわ」  私は枕を引っ張り、自分とセプトの間に置く。これ以上は入ってこないでという無言のアピールにセプトはその枕をジッと見ていた。 「これは?」 「ここから、入ってこないで? じゃないと、もう鳥籠に帰るから!」 「まだ、言ってるの?」 「うん、もう、寝るから。絶対入ってこないでね!」 「ビアンカ……」  背を向け眠るふりをした。眠れるわけもなく、瞼を瞑るだけ……。ため息のあと、隣から規則正しい寝息が聞こえてくる。朝も早くから夜遅くまで、私のために時間を作ってくれたので、疲れていたのだろう。そんなセプトに優しくできない私はどうしようもなく情けない。 「おやすみ、セプト」  私は寝られず、出窓に座る。鳥籠でも定位置となっているが、こういう場所が実はとても好きだ。カーテンをひけば、私の姿は見えない。ずっと、無表情を作っていたけど……もういいだろう。ふぅっと息を吐くと、頬がカッと熱くなる。ひんやり冷えた窓に頬をあてると気持ちがいい。  どうしちゃったんだろ……? あの絵見てから、落ち着かない。うぅん、もっと前から……。やっぱり儀式の毒は、私にも効いているのだろうか。  下弦の月が私を照らす。膝を抱え瞼をそっと閉じた。  いつの間にか、窓辺で眠っていたのだろう。気が付いたときには、ベッドで眠っていた。真ん中に置いてあった枕は、私の頭の下に収まっている。隣に寝ていたであろうセプトがいなくなっていて、シーツに手を当てると冷たい。たったそれだけのことがとても悲しくなり涙が零れた。
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