嬉し恥ずかしのお忍びデート

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嬉し恥ずかしのお忍びデート

「起きたのか?」と声をかけられ驚いた。寝室にセプトがいるとは思わなかったからだ。 「……そこにいたの?」  あれから眠ってしまったらしく、零れた涙がわからないようにそっとぬぐい、起き上がった。何をしているのだろう? と声の方を見ると、「おはよう」と微笑む。 「よく眠れたか?」 「えぇ、おかげさまで……ベッドに運んでくれてありがとう」 「目を覚ましたらいなくて驚いた。月明かりのおかげで、膝を抱えているビアンカがカーテンにうつっていたから見つけられたが……あんなところでどうして?」 「……眠れなくて。外でも見ていようかなって思っていたら、そのまま眠っちゃったみたいね」 「そうか。悪かったな。昨日は、悪ふざけが過ぎたな」 「いいの。それより、置いてあるのは、今日、着る服?」  初夏に差し掛かり、可愛らしい丸襟のブラウスと薄手の水色のカーディガン、紺色のスカートが机の上に置いてある。どれもセプトが選んでくれたものらしいが、とても可愛らしかった。 「あぁ、今日はこれを着てくれ」 「セプトは、どんなのを着るの?」 「似たような組み合わせだよ」  見せてくれた服装を見て、「お揃いなの?」と思わず微笑んだ。どう見ても、お互いの服を意識してあるように思える。白のカッターシャツに薄い水色のチェック柄のベスト、紺のズボンが用意されている。ここにジャケットを羽織るのだろうが、とてもオシャレな感じだ。 「恋人らしくていいんじゃないか? 今日はカインも一緒に行くからな? カインがビアンカの恋人だって言われるのは、さすがに寂しいし」 「こ……これだけ、似たような服装なら、誰も間違えないよ!」  お揃いの服を着る……それだけで嬉しいような恥ずかしいような……変な気分だ。寝室から出ると、すでにニーアたちは朝の支度に動き回っている。今日はニーアも一緒に出掛けることになっていたので、いつものお仕着せではなく、見慣れぬ服装であった。 「ニーアはとってもかわいいのね!」  花柄のワンピースがとてもよく似合っていて可愛らしい。声をかけたことで、気付いたようだ。「ありがとうございます!」とはにかんだ。 「ビアンカ様も着替えられますか?」 「えぇ、お願いしたいわ!」 「では、先に殿下の着替えをいたします!」  寝室に入ってきたニーアが、セプトの着替えを素早くしていく。 「さすがに手際がいいわね!」 「一応、侍女ですから……」  パパっとセプトの着替えを手伝って寝室から追い出すと、「次はビアンカ様です!」とさっきとは比べられないほど、気合が入っている。 「殿下の揃えてくださった服装はどうですか?」 「えぇ、とっても可愛くて気に入ったわ! これ、セプトとお揃いなのよ!」  私にしては珍しく、ニーアに「嬉しいの!」と話すと、「きっと殿下もビアンカ様とお揃いで嬉しいでしょうね?」と意味ありげに微笑んだ。  最近、ニーアが優しい目を私に向けてくれる。その意味を私は完全に理解できずにいたが、優しいニーアに微笑み返した。  ◆ 「わぁ! 外だ!」 「ビアンカ、はしゃぐなっ! 恥ずかしい」  城の中ですら私にとっては珍しいのに、城の外にお忍びすることになったのだ。はしゃがずにはいられない。セプトはもちろん、カインとニーアも一緒だ。  行き交う人々が多いのに驚き、活気に満ちた王都であった。と、いうことは……この国は、かなり潤っているのだろう。地方に出れば、また、違うのかも知れないが、中心となる場所に活気があるということはいいことだ。 「まずは、教会へ向かう」 「わかったわ!」 「本当にわかっているのか……? ビアンカは、迂闊な行動は慎めよ?」 「私を誰だと思っているの?」 「無知なビアンカ」 「…………さぁ、セプトは置いて行きましょうか?」 「置いていくな! ほら」  手を差し出され、何の躊躇いもなくその手を取る。ごくごく自然に。隣に並んで歩くと、街を案内してくれた。美味しそうな食べ物の店や雑貨屋、貴族御用達の仕立て屋など、所狭しと店が並び、みな思い思いに店を覗いたり、探し物をしたり、ぶらついたりとしていた。  ガラスに映る私たちもごくごく普通の恋人どうしに見えるだろうか?手を繋ぎ、ときおり近くに寄ったり、離れてみたり……と、初めてデートにきたお忍びデートの貴族令息令嬢に見えるかもしれない。 「今日は、教会へ聖女の魔法を調べにいくだけだからな?」 「わかっているわよ? それにしても、聖女の魔法ってどんな魔法なのかしら?」 「それは、わからない。何せ聖女が現れたのが、もうずっと昔だからなぁ。城にある文献でも見たことがないんだ」  教会には、聖女ゆかりのものは、ほとんどないらしい。経典も教会が勝手に作ったもので、聖女が何か残したわけではなかったという。それなのに、手掛かりがあるかもしれないと、教会へ向かうのは変な気分だ。そもそも、聖女の使う魔法がなんなのか、分からなかった。思い当たる魔法が、私には思いつかない。  ただ、今日はこうして出かけられるのが、まず、嬉しい。普段からもたくさん話をするようにしているが、城の外の話は滅多にしない。街を見ながら歩けば、セプトは得意げに何でも教えてくれた。  カインやミントとも、こうして歩いていたかもしれないし、どこかの令嬢と腕を組んで歩いていたかもしれない。今の私たちのように。そんなことを考えていると、なんだかムッとしてしまう。 「どうした? 眉間に皺なんか寄せて。せっかくの美人が不細工になるぞ?」 「なりませんよぉーっだ!」  少々子どもっぽく振る舞い誤魔化した。舌をベッと出し、プイっと反対側を向く。やれやれというような雰囲気のセプト。誰かと一緒に来たの? と聞けず、もやっとしてしまう。 「そこのちょっとご機嫌斜めなお嬢さん! 教会に着きましたよ? 見てごらん。きっと、建物は、ビアンカが気に入るような造りになっているから!」  そう言われて、そちらを向くと、白を基調とした教会であった。王都のだけあって、とても大きく荘厳な雰囲気で見上げる。 「わぁ、すごいね!」 「中に入ったら、人物も濃いからな……大人しくしていてくれよ?」  セプトにコクンと頷き、手をひかれ教会の中へと入って行く。少しの緊張と楽しみな心内を隠して、扉は開いた。
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