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教会でちょっぴりぷっつん。
「図書館を見せて欲しい」
「かしこまりました。ご案内いたします」と教会の神官が先を歩く。見たこともないほど、厳かな場所に背筋が伸びた。教会の奥には聖女の像があり、目に留まった。
「ねぇ、あれ見てみたい!」
指でさしめす像に、嬉しそうに神官は「こちらに」と案内してくれる。ただ、近くで像を見上げてみたが、のっぺりした感じで、なんのありがたみも感じない。
「そうか、聖女を見たことがない人が作っているからこんなものなのかしら?」
「そんなことは、ありませんよ! こちらの像は、聖女様が生きていらっしゃる時代に作られたものですよ」
「……そうですか」
「像が自分に似ていないからと、そんなことを言うものではないよ!」
セプトに嗜められていると、1人の高官が私達の元へ来た。「熱心な方がいら……」とにこやかにしていたはずなのに、セプトだと気が付くと、高官は不機嫌な表情を隠そうとしなかった。
「これは、これは、セプト殿下ではありませんか? 何をお調べするためにこちらへ?」
「あぁ、聖女に関するものがないのかと思ってな」
「そうですか? 聖女様に関しましては、やはり、興味が湧かれましたか?」
「元々、聖女には興味はある。教会に興味がないだけで」
「なんと罰当たりな! 聖女様がお聞きになったら、さぞ嘆かれるでしょう!」
だんだんトゲトゲしくなってくる会話に教会を追い出されないかヒヤヒヤしていた。その『嘆かれるでしょうという聖女』は、二人のやり取りを内心でオロオロとしているだけしかできない。
「セプト殿下、図書館に……」と苦肉の策で声をかけたら、「そうだった」とこちらを見て微笑む。何か考えているような表情に、「ちょっと待って!」と心の中で叫んだ。
「すまないが、図書館に行く途中なんだ。通してくれ」
「なんです? 藪から棒に図書館? 聖女様を婚約者と迎えられたというに、未だにこんな娼婦のような女性をはべらしてらっしゃる方が教会の図書館へ向かわれると? 嘆かわしい。実に嘆かわしいですぞ! セプト殿下」
大きな声でセプトを批判する高官。今まで、セプトも遊び歩いていたからこそ、そんなふうに言われるのだろうが、変わっていくセプトを悪く言われると腹が立つ。
「えっと、神官様でいいですか?」
「えぇ、いいですとも。なんでしょうか?」
ふんっと鼻を鳴らし、私を見下したように見てくる。そんな様子もなんだか気にくわない。やられっぱなしの私ではない。
「あなたは、聖女様の姿絵をご覧になったことがおありですか?」
「姿絵など見なくても、我々には信仰する気持ちとこの像の姿を見れば、いつでも心に聖女様を見ることができます。あなたにも、ありがたい聖女様のご尊顔をゆっくり見て、心清らかになりなさい」
私を諭すように言ってくるが、諭されるような人生は歩んでいないと思いたい。ちょっと、元婚約者との行き違いがあって、首は飛んでしまったけど、誰かに後ろ指を指されるようなことはしてこなかったはずだ。
「あなたが娼婦と言った私が聖女だったとしても? 私を諭すの?」
「まさか、そんな嘘はいけない!」
「そう、何をすれば、聖女だって認めてくれるのかしら? 生憎、私はこの世界に転生して、まだ1年も満たないから何も持っていないの」
「それなら、あなたが本当に聖女だというのであれば、聖女様が使われると伝承されている魔法を使えば認めて差し上げましょう」
「……そう。でも、私はそれがどんなものかわからないから、使えないわ」
「ならば、聖女を騙る偽物は、黙って教会から出ていかれるがよかろう。娼婦が教会にくるだけでも、感心したものの、聖女様だとうそまでつかれ、まったく残念ですよ!」
取りつく島もないとはこのことだ。自分の常識だけが正しいと思うのは、ときに誤った判断をする。まさに今がそうなのだが、当の本人は気が付いていない。
「あなたも、自身の見聞を広げるために、一度、陛下に何百年も昔の聖女様の姿絵を見せていただいたほうがよろしいんではなくて? 何を勘違いされているか、存じ上げませんが、私は、娼婦ではないですし、聖女でもないと思いますが、侯爵令嬢ですわ! あなたがどれほどのものか知りませんが、セプト殿下を侮辱したことも聖女に関する誤った知識も一掃なさい!」
「何故、そんなことを! 私を舐めているのか! 小娘っ!」
指摘されたことが、余程、頭にきたのだろう。襲い掛かろうとする高官にカインが動こうとしたが、止めた。
お馬鹿さんは、言っても聞かないのだから、見せてあげよう。この国で、唯一魔法が使えるらしい、私の魔法を。
パチンと指を鳴らし、後ろへ3歩下がった。ドンっという音と共に、高官が元いた場所から勢い余ってはじき飛ばされた。その後、再度、私に詰め寄ろうとしたが、一定の位置から動けなくなっている。見えない何かにぶつかったように……。
「貴様、一体、私に何をしたぁぁぁ!」
「ビアンカ! さすがにそれは……」
「じゃあ、みなさん脇に避けてくださいね!」
通路をみなに開けるよういうと、再度パチンと指を鳴らす。見えない壁がなくなり、つんのめりに高官は前に倒れた。すかさず、私を見上げる。
「な……何だったんだ?」
「聖女の魔法とは違うと思いますが、簡単な魔法を披露して差し上げたまでですわ!」
「なっ、せ、せ、あなた様は、本当の聖女様なのか?」
「さぁ? あなたの思う聖女とは違いますから、違うのではなくて? そこの神官様?」
私たちのやりとりを見ていた神官は、声をかけられ驚き跳ねた。
「大丈夫?」
「あ、えぇ……大丈夫です。驚いただけですから」
「そう、なら、図書館に案内してくれるかしら?」
「も、も、も、もちろんです!」
大量の汗をかきながら、いそいそと私たちを図書館へと案内してくれ、簡単な説明だけをして神官は出ていった。
「さて、どこかにあるだろう魔法書を探しましょう!」
「その前に、ビアンカ!」
「どうかされましたの?」
「よくやった! スッキリしたぞ!」
そう言って、セプトが私を抱きしめる。不意なことで驚き、悲鳴を上げてしまった。
「ご、ご、ごめんなさい」
「耳がキンとする」とぼやくセプトに謝り、そそくさと本棚へと向かう。昨日から、心臓の音がやたらうるさい。パタパタと奥へかけて行き、本棚でセプトから見えない場所で一息つけた。
バクバクと早鐘をうつ心臓を落ち着かせるため、数回深呼吸をする。
「ビアンカ様、大丈夫ですか?」
「……なんだ、カインか」
「カインでした。セプト様でなくて残念でしたね?」
意地悪をいうカインを睨みつける。そのとき、目に入った本があった。本棚の上の方にあるので、私では届かないだろうと思い、「カイン」と呼びかけた。
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