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危険な肉食獣?
セプトが美味しいと絶賛するお店に入る。敢えて聞かないが、誰と来たのだろうとぼんやり考えていたら、カインと目が合い、微笑まれる。私もつられて返すが、心を見透かされているようで、恥ずかしくなった。
確かに、セプトがいうように目の前に並べられた料理は、どれをとってもおいしかった。
「それにしても、あの神官とのやりとりはおもしろかった!」
「ビアンカ様の魔法は、あんなこともできるのですか?」
「あれは、鳥籠の結界と同じものよ? 私のことを蔑んでいたのは目に見えていたからできたこと。それにしたって、また、セプトの評価を落とすことになるかもしれないわね?」
カインを含め同じ席についているのに、別の席に座ろうとしているニーア。
「あっ、ニーアもここに座りなさい」
ニーアを呼ぶと、畏れ多いと遠慮される。平民であるニーアが、王族であるセプトや貴族である私やカインと食事の席に着くことは決してない。ここは、王宮でも貴族の館でもなく、街の食堂へお忍びで来ているのだ。私たちは王子や貴族の令息令嬢として、食事をとっているわけではないので、ニーアだけが別の場所で食事を取ることのほうが悪目立ちする。説明をすると渋々納得してくれたようだった。
「美味しいのでしょうけど……緊張して味がわかりません!」
「ごめんね?」とニーアに声をかければ苦笑いが返ってきて、私は頷き、話に戻る。
「だいたい、俺の評価なんて、ビアンカが気にすることなんてないだろ? 三男なんだから、気楽にするのが1番。目立たず大人しく、聖女様の犬のなろうかと」
「そう? 私、犬は犬でも忠犬がいいけど……どうかしら? カイン」
「そうですねぇ?」
セプトを舐めるように値踏みして、ニコッと笑う。
「忠犬一歩及ばずも、能力は高いと思いますよ!」
「なんか、中途半端な残念感があるが……カイン」
「どちらかというと、カインのほうが忠犬よねぇ? セプトって、猫っぽい」
「どういう意味ですか? ビアンカ様」
「構うと避けられ、知らん顔すると構われたそうに擦り寄ってくる」
「なるほど、言い得て妙ですね! セプト様、忠猫になれるよう惜しみない努力をしてくださいよ!」
「えっ? 俺?」
「そうです、そうです。ビアンカ様の忠猫に!」
カインとニーアが頷く。微妙な顔をしているセプト。私に忠実な二人へ、「ありがとう」と微笑んだ。
昼食後は、街をぶらつく。教会以外は、特に予定を決めていなかったので、見て回れたのでよかった。
「セプト、あれ、あれ!」
「なんだ?」
「ドレス!」
手を引っ張って、ガラス張りのショーケースにへばりつく。中には、純白のウェディングドレスが飾ってあった。
「素敵ねぇ!」
「言ってる間に着られるだろ? もっと豪奢なの」
「豪奢なのじゃなくていいけど……そうもいかないわよね?」
「どんなのがいいんだ?」
「どうだろ……? ウエディングドレスなんて選んだことがないからわからないけど、このドレスは、あまり飾り気はないけど、素敵だなって思うわ! そういえば、聖女のドレスも白なの?」
「イメージからしたら、ウェディングドレスと似たようなものになるんじゃないか? ただ、違うのは、金糸が使われ、生成りになると思う」
「生成りか。それも捨てがたい!」
表情をくるくる変える私を見て、セプトも笑っている。自然に笑うセプトは、久しぶりに見た気がする。それだけ、セプトが忙しくしていたのだと、身をもって感じた。
「ドレスとか、女の人は好きだなぁ?」
「明日は確かお披露目会用のドレスの採寸って言ってた気がするけど……」
「そういえばそうだった。俺も参加していいんだよな?」
「えっ? セプトも来るの?」
「ダメか?」
「ダメじゃないけど……忙しいんじゃないの?」
「忙しくても、ビアンカのお披露目だ。衣装を選ぶのも一緒に見ていたい」
ハハハ……と後ろから急に笑い声が聞こえてきた。振り返るとカインが笑っていた。私たちの会話を見守っていたようだが、ついに笑いをこらえられなくなったようだ。
「どうしたの?」
「セプト様が、ビアンカ様を構いたくて仕方がないのだなと思って!」
「ふぇ? わ……私を?」
「そうです。可愛くて……」
「わぁーわぁーわぁー! ビアンカ、カインの言うことなんて聞かなくていい!」
私の手を取り足早に歩き始めるセプト。引きずられるようにセプトを追いかける。
「セプト様、待ってくださいよ!」
「待たない!」
手を取られきょとんとしながら歩かされる私は、セプトとカインのやり取りを聞いているだけだ。
「殿下は、いつの間に、ビアンカ様のことをあんなに好きになられたのでしょう?」
「最初からだと思うよ? 空から舞い降りたんだろ?」
「私もその頃はメイドでしたので知らないんです」
「そうだったのか」
「カインもニーアもうるさいよ?」
セプトを見上げるとほんのり頬が赤いような気がする。でも、ずっと、考えていたことだ。私は、これから育てていけばいいと、儀式の前に言ってた。セプトは、すでに、私のことを想ってくれているような言葉がたくさんあった。「愛している」と言われた記憶は……ないが、繋いだ手からも温かい気持ちが伝わる。
「セプト?」
「んぁ? なんだ?」
呼びかけると足早に歩いていたのが緩み、私を見つめる。言葉にするのが、恥ずかしくなって微笑んでみた。
「どうかしたのか?」
「うぅん、なんでも」
繋いだ手はそのままに、セプトの腕に絡ませる。頭をコテンと肩に寄り掛かり甘えた。
「ビアンカ」
「何かしら?」
「そんな可愛いことは、帰ってからで頼む」
チラッと見上げると、空いている手で顔を隠していた。覗き込むようにすると、「見るな!」と叱られるが、隠れていない耳は真っ赤だ。
「恋する男はつらいですねぇーセプト様!」
「う……うるさいぞ! カイン。さっきから!」
「私のこと、好き?」
「ビアンカも! こんな街の往来で聞くな! 帰ってから、りんごのように真っ赤になるまで囁いてやるから!」
ワタワタとするセプト。からかっているつもりはないが、ニヨニヨと頬が緩む。
「好き……か」
ムズムズっとするが、悪い気は全くしない。むしろ、嬉しくてそわそわとしてしまう。
「セプトは、私が好きね!」
キッパリ宣言するように言うと、こちらを見てくる。「ビアンカ!」っと、少々大きな声で呼ばれた。ニッコリ笑いかけると、はぁ……と大きなため息をつかれた。その顔はとても優しく、しょうがないなと少しだけ呆れてもいた。
「ビアンカ様に、手玉に取られているね?」とカインがニーアに言っているのが聞こえてくる。
「今晩、覚悟しておけ!」
「えっ?」
「朝まで、囁き続けてやるから! 好きだって」
私にしか聞こえないように囁く。その声は、いつもと違い色気があり、私をりんごのように真っ赤にさせるには十分であった。甘えて腕を絡ませていたが、パッと離れる。手首を掴まれ、逆に引き寄せられた。
「残念、もう逃さないから!」
その笑顔は、獰猛な肉食獣のような危険で、されど、甘さある色香を含んでいて、思わずゴクンと唾をのまされた。
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