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私が……と、突然の告白?
聖女お披露目会までの間、鳥籠に帰ることはなった。散歩という名目では、出かけることはあっても、セプトが帰ってもいいとは言ってくれない……というふうだ。薬草たちへの水やりは、息抜きになったけど、もう、すっかり、城にいることが当たり前となった。
「とうとうこの日が来ちゃったわね!」
生成りの生地に金糸で紋様をあしらったドレスに袖を通せば、なるほど……それっぽく見えた。
「とてもよくお似合いです! 宝飾品をつければ、いつでもお披露目会に出れますね?」
嬉しそうに、頬を綻ばせているのは、ニーア。異例の抜擢で、アリエルの代わりにセプトの侍女頭となった。侍女になって、1年も満たない、それも平民からの侍女頭。羨望の目でみる侍女やメイドもいれば、当然のように悪くいうものも多かった。
努力に努力を重ねた結果、私の専属侍女となったからこその抜擢ではあったのだが……ニーアの努力を笑うものが少なからずいる。
何より、セプトの周りは、専属侍女であったアリエルの影響を受けているものが少なくはなかった。私への悪口も絶えることはなかったが気にしない。貴族令嬢もまた、羨望と誹謗中傷の的であるから、小鳥が囀っているわ! と聞き流していた。
「失礼します。ビアンカ様、あの、アリエル様がお会いしたいと……」
支度をしていた私に、訪ねて来たアリエルのことをどうしたらいいかとメイドが尋ねてきた。ニコリと微笑み、セプトの私室ではなく、別の部屋に通すようにいうと、何故か動こうとしないメイド。
「どうかしたかしら?」
「……殿下の妃には、あなたではなく、やはり、献身的に支え続けていたアリエル様こそが相応しいと……」
「思うのね? でも、肝心のアリエルがセプトに選ばれたかしら?」
メイドは震えながら意見を言ったのだが、まさかの反論に口惜しそうにしている。本来なら、私に話しかけるにも侍女であるニーアを通すべきだ。それには触れず、「他にも何か言いたいことがあるかしら?」と問う。このメイドが、アリエルに傾倒している様子を見てため息をついた。
「アリエルの方が妃に相応しいなら、あなたがそれを証明したらどうかしら? まず、侍女頭が目の前にいるのですもの。ニーアに話をするべきではなくて? それと、セプトの私室に勝手に人を入れるのは、良くないわ。毒を盛られる可能性もあるのだから。王宮のメイドなら、王子の健康管理や身の回りのことは、最初に習うはずよね? アリエルにもそう教わらなかったかしら? それに、こんな日にお小言なんて言いたくはないのだけど?」
全くもってそうだ。こんな日に、なんてことをしてくれるんだろう? と思わなくない。このメイドにしても、アリエルにしても。
「下がりなさい。ビアンカ様の温情です。あなたは、今すぐアリエル様を別の部屋に案内してください」
ニーアが静かにいうと、何か言いたげに口をぱくぱくと動かした。それ以上、言葉にならず、肩を落として、メイドは寝室から出て行った。
「さて……と、アリエルのところに向かいましょうか?」
「えっ? 今から向かうのですか? お披露目会が終わるまで、別室で放っておけばいいんですよ!」
「意外と、ニーアはアリエルに冷たいわよね?」
「そうでしょうか? 私の主は、ビアンカ様ただ1人です。主人の晴れの日に水を差すような真似をするような人、放っておけばいいのです。だいたい、専属だとしても、妃になれるかは、アリエル様の努力の問題です。常に側にいられたのですから、セプト殿下に何一つ届いてなかっただけです。
ビアンカ様は、たくさん話をしたり、セプト様の心の中でずっと思い悩んでいらしたことを解決したりとこの何ヶ月もセプト殿下に寄り添ってこられました。セプト殿下もその優しさに心開いて下さったんです! このタイミングで、何かしようだなんてやり方が汚いです!」
「ニーア」と呼びかける。貴族であるアリエルと平民であるニーア。雲泥の差がある二人には、二人にしかわからない事情があるのだろう。特に私のことで。よく耐えてくれていた。抱き寄せると、「いけません!」と慌て始める。
「ありがとう、いつも支えてくれて。あなたがいてくれたから、私はこうしていられる。何か有れば、頼ってくれていいんだからね?」
「いえ、十分ですから。……やはり、一度だけ、だ……抱きしめさせてもらってもいいですか?」
「えぇ、いいわ! いらっしゃい!」
ギュッと抱きしめられると、ニーアの頭を撫でた。よく頑張っていることを知っている。他の人の何倍もの努力を積み重ねていることを。少しの間で、満足したのか離れてしまい、「ありがとうございます」と微笑んだ。
「それより、向かいましょう」
どこに? とは問わず、ニーアに先導される場所へと向かった。そこは、私が自由に使ってもいいと与えられた部屋である。
部屋に入ると設られた席へアリエルが座っていた。侍女のときに着ていたものと違い、大人しい色ではあるが、貴族令嬢としてそれなりのものを着ている。
「久しぶりね! アリエル」
「お久しぶりです、ビアンカ様。お元気にされてましたか?」
「えぇ、おかげさまで」
「そうですか……」
影を落とすアリエルに苦笑いをした。
「あからさまに、私が元気で残念ですという態度を取られたら、流石に笑うしかないわね?」
「ビアンカ様、どういうことですか?」
「わ……私が……、始めてお会いした日に、ビアンカ様へ毒を盛ったのは私ですっ!」
アリエルの突然の告白に驚くニーア。初めて城へ来た日のことを思い出す。うすうすは気付いていた。ただ、あのとき、私の味方になるのは、ニーアとカイン以外いなかった。セプトは、正直なところ、どう出るかわからかったからはぐらかした。何より、セプトやその周りに、アリエルの存在を印象付けたくなかった。
「それで、今更、罪の告白なんてして、どうするつもりかしら? 今日はとても忙しいの」
「……謝罪を」
「受付ていないわ!」
「ビアンカ様、近衛に突き出しましょう! 調べてもらったら……」
ニーアの提案に私は首を横に振る。自分でも、驚くほど、低く冷たい声が出ていた。
「いいえ、もっと辛い罰を受けてもらいましょう」
「まさかっ!」
「命だけは許してください! お願いします! ビアンカ様!」
縋り付くように地べたに座り込み、涙を流すアリエルは、私のドレスを掴んだ。
「アリエルは、私に命を持ってこの座から降りるよう警告したのよね? 同じことをされても、文句は言えないのではなくて?」
「……そんな。出来心だっただけです! お願いします!」
「出来心で毒なんて盛られたらたまったものではないわ!」
アリエルを睨むと、大粒の涙がとめどなく流れる。
「ビアンカ様、そろそろ時間です」
「わかったわ! 向かいましょう!」
「ビアンカ様!」
「離してちょうだい。あなたのことは後で連絡するわ! 逃げてもいいけど、その分、家族や親戚縁者に害が及ぶと思っておいて!」
掴んで離さないアリエルの手を払い退け、広場へと向かう。ニーアはとても心配そうにこちらを伺っていたが、首を振り、これ以上何も言わないようにと指示をだした。
「心配しなくても、大丈夫。カインにお願いするつもりだから……もぅ、セプトから、解放してあげましょう!」
「えぇ、そうですね……あの……ビアンカ様?」
「……不思議ね? アリエルに嫉妬するだなんて……冷たい声に正直驚いたわ」
笑いかけると頷くニーア。私は、アリエルに嫉妬したのだ。せっかく、セプトが手放したのに……この小さな世界では、いつまでも、アリエルの存在が居座っていることに。
ため息をひとつはき、私はそんな気持ちを追い出した。解放されるのは、アリエルだけではないようだと思うと胸の奥が痛む。
私の気持ちが、セプトを好きだという気持ちが、育ったということなのだろう。
暗い顔は、今日のお披露目会にはにつかわしくない。ふるふるっと頭を振って切り替えた。
広場前で待っているセプトに「おまたせ」と微笑むと、隣に並んでくれる。カインが後ろを歩く。「いってらっしゃいませ」とニーアが手前まで送り出してくれた。
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