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堂々としてればいいんだ。
舞台のようなものを、今日のために城の広場に作ったらしい。今日は、一般公開もしているため、城の門が開かれている。
コソッとカーテンのこちら側から覗くと、沢山の人が押し寄せていた。花道のような通路を挟んで貴族が並び、その階下には国民が今か今かと待ち侘びているようだ。
「緊張するね。流石にたくさんの人が来てる」
セプトも私と同じところから覗き込んで、ふっと笑った。
「こんなもんでビビってたら、結婚式なんてもっとすごいぞ?」
「えっ?」
「兄上たちの結婚式は……本当にすごかったんだ。顔見せも兼ねて、街へパレードもするしな」
「そうなんだ? 私、パレードは遠慮しておこうかな?」
「無理だろ? 王子の妃になるんだし、聖女様は、これからこの国の精神的な支えにもなるだろう?」
「そっかぁ……今更だけど、逃げ出したいわ!」
「もぅ逃がさないさ。さて、呼ばれてる。行こう」
手を繋がれ、花道の端までついていく。小さくため息をついたら、セプトはクスッと笑った。
「笑った?」
「笑った。緊張しすぎ。堂々としてればいいだ」
微笑んだと思ったら、私の手を自分の腕に絡ませる。
「行こう、聖女様!」
「もぅ、聖女と呼ばないでほしいわ!」
カーテンが開いた。その瞬間に、たくさんの視線が集まってくる。緊張してしまったが、「こっちを向いて」と囁かられ、セプトを見るとホッとする。さすが王族。これ程の視線を集めても、落ち着いたものだ。
「ゆっくり前を向いて、歩調を合わせて……」
私に合わせてゆっくり歩いてくれるセプト。さすがに王子だ。誰からも見られることに慣れていて、上手に私をあるべき場所まで導いてくれる。
「そんなにぎゅっとしがみつかなくても」
「だ……だって……こんなにたくさんの人、堂々としてればいいって言っても……緊張する」
「じゃあ、わざとあちこち見て、ビアンカの笑顔を振りまいてやれ。国民は、厳かに花道を歩くビアンカより、手を振って笑顔を振りまいてくれる聖女の方がきっと気にいる」
「そう……かしら?」
「俺もしようか?」
「……お願いできる?」
当たり前だと微笑んだところで、「まずは……」と私の方を向いた。
「ビアンカ、あそこにピンクの服を着た女の子が見えるか?」
「えぇ、見えるわ!」
「あの子にとびっきりの笑顔を見せてやれ! 俺も同じようにする」
セプトに言われ、女の子を見た。私をじっと見つめていたのだろう。視線が合って驚いている。その瞬間にニコッと笑って手を振ってみる。
「聖女様と目があったよ! 笑ってくれてる! 可愛いね! お父ちゃん!」
「おぉう、よかった……おい、聖女様が手を振ってくれてるぞ! 振り返せ!」
「えっ! あっ、本当だ! 聖女さまぁー!!!」
女の子が私を呼ぶ声で、少しだけ緊張もほぐれた。可愛らしく振ってくれる手に私もさらに振り返すと、あちこちから「聖女様」と呼ぶ声が上がる。そして、みなが手を振ってくれるので、私も自然と右に左にと笑顔を見せ手を振る。隣からは、「俺は……おまけか?」と若干納得いかないような声が聞こえてきたが、そのうちセプトを呼ぶ声も聞こえてきた。
その声には、思わず微笑みを深くし、さらにニッコリ笑いかけると、貴族のご令嬢たちは押し黙った。
「何? その反応?」
「セプトが黄色い声で呼ばれていたので、微笑んだだけですよ?」
「……そう。それは、俺、喜んでいいやつかな?」
「どうして?」
「嫉妬ってやつだろ?」
「さぁ、どうでしょうね?」
そのうち、「聖女様」だけでなく「ビアンカ様」と野太い声で呼ばれるようになった。例の兵士や本棚を作ってくれた下男たちが手を振っている。そちらに向け笑顔を振りまくと、「おいっ」と声をかけられる。
「どうかしまして?」
「いや、ああいうのには応えなくていいと思うんだが?」
「それって嫉妬ですか?」
「あぁ嫉妬だ。今後は、笑顔を振りまくな!」
「今日はそういうわけにもいきません! 私のお披露目ですから!」
さっきまでの緊張はどこへやら、セプトのおかげですっかり緊張がとれた。隣で話しかけてくれていることも大きい。
「こんなところまで、二人で仲がよろしいことで……」
後ろを歩くカインには、熱狂的な声の間に私たちが話をしているのが聞こえていたのだろう。セプトと同時に後ろを振り返ったようで、「そんなことない!」と同時に答えた。「ほら、やっぱり」とカインに言われ、見つめ合って笑いあう。そんな姿をみなが目にして、私たちの仲がいいと認識されたようだ。
花道を歩いていると、刺さるような視線を感じた。その方向を見ると、公爵令嬢アイーシャだった。笑っているのに、冷たい視線に背筋が凍りそうだ。ここへ転生したと最近では考えるようになった私だが、最大の疑問は彼女であった。
私が殺したとされる男爵令嬢アイーシャ。同名な上に容姿までソックリな彼女の存在は、私にとって、どうも引っかかるものがあった。前世での記憶にある彼女からは、計り知れない何かを今も感じている。
「ビアンカ、俺はここまでだ」
「えぇ、ありがとう! あとは……行ってくるわ!」
セプトのエスコートもここまで。王族に用意された席へと向かうのを見送り、一人国王の前まで歩く。一人になると、急に心細くなったが、背中を押してくれるように国民が私を呼ぶ声が聞こえてくる。
「静粛に!」
騒がしかった会場は、一気に静寂になる。王が座していたところから立ち上がった。練習の通り……と心で何度も呟く。
「春の良き日にこの国へ伝説の聖女が舞い降りた。ビアンカと名乗る彼女は、魔獣により傷を負い苦しんでいた兵士へ希望を与えてくれた。また、彼女自身が、今後の魔獣退治において、参加してくれると約束をしてくれた。
皆のもの! 魔獣を恐れていた日々。何百年前に失った魔力、そして、聖女がかの王に与えし剣が折れてしまったあの日。絶望の日々を過ごしていたことだろう。これからは、この国を聖女が支え、守ってくれる! 今日、我が国の聖女として、ビアンカを擁立する!」
王の声に呼応するように民衆は声をあげる。魔獣の話は聞いていた。それほど、個体数は多くはないが、魔力がないこの国の人には、倒すだけで何十人、何百人の死者が伴うのだそうだ。
カインのこともあり、セプトは、少しでも若い兵士の未来を守りたいと願っている。それなら、私はセプトの願いを叶える手助けをするだけだ。
「静粛に! ビアンカよ、前へ!」
王に言われ、王の目の前まで行き、膝をつく。
「エメラルドの冠をそなたに授ける。聖女が身に着けていたとされる宝飾品だ。この国をどうか、魔獣の脅威から守ってくれ」
「陛下、承りました。私ができうる限りの手を使って、この国の希望となることをここに……」
うむと頷く王に微笑みかけた。立ち上がり、今度は、元来た花道の方へ歩いて行く。
「この国の聖女となりました、ビアンカと申します」
聖女の宝飾品がシャランと鳴る。早く、解き放てと……。私は、その場に跪いた。演出っぽく思われるかもしれないが、倒れるリスクもあるので、そういうのは見せたくはない。側にカインが佇むのを感じ、私は祈るように両の手を組んで胸の前へ持ってくる。
「未熟な身ではありますが、みなの幸せを願っております」
ニッコリ笑った後、目を閉じ俯く。イメージしたとおり、光魔法を使って雪のように光の粒を降らせた。ぽぅっと、体も温かくなり、魔力を開放していけば、自分でも体が光っているのがわかる。
一人一人の顔を浮かべる。そうはいっても、私の知り合いは少ない。ニーアにカイン、両陛下に側妃……城で顔を合わせる文官や武官。顔はわからないが、この国に住まう国民のことを想う。
……セプト。
最後に幸せを願ったのは、他の誰でもないセプトであった。そのとき、急に胸元が熱くなる。この熱さには、身に覚えがあった。刻印が私の体に刻まれたのだ。
「わぁ! 綺麗な赤い薔薇!」
「素敵ね!」
その声に私はうっすら目をあける。目の前には、イメージしたとおり雪が舞うような光の粒が降り注いでいた。そのさらに上を見て驚いた。
「赤薔薇の刻印?」
「ビアンカ!」
「セプト?」
「これは?」
「わからないけど……刻印が刻まれたの」
ちょうど見える位置に、赤薔薇の刻印が現れたのを見て驚いたのは、私だけではなかった。急に抱きしめられて、ひぃっと悲鳴をあげ慌てる。
「刻印は出ないんじゃなかったか?」
「そのはず、なのですが……どういうことですかね?」
「とぼけなくてもいいだろ?」
「……」
胸の前で合わせていた手を解き、セプトを抱きしめ返した。
「そういうこと、ですね?」
「あぁ、そういうことだ」
このタイミングで……? と思わなくはないが、私はセプトの肩越しに、空に現れた赤薔薇を見つめる。
正直、これは……恥ずかしい。私がセプトを好きだと、みなに大声で叫んでいるようなものだ。
魔法の効果が切れ、赤薔薇も光魔法も消えてしまう。聖女のお披露目会は、無事に終わった。この薔薇の意味を素直に受け入れ、セプトの手を取り立ち上がる。
「聖女様! ばんざーい!」
「おめでとうございます!」
口々に国民は私を祝ってくれる。それに応え、指をパチンと鳴らした。もう一度、赤薔薇を模れば、歓声が広場に響き渡ったのである。
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