聖女として……これから。

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聖女として……これから。

 国民へのお披露目会が終わり、少し休憩を挟んだところであった。次なるは、貴族への顔通し……次代の王になるかもしれないセプトの婚約者として、挨拶回りなどをされるらしい。本人は王にならないと言っていたので、王子の妃候補に名を連ねていた令嬢の親たちから品定めされる時間になるのだろう。  私は何をすればいいのか? 座って貴族からの挨拶をニコニコと満面の笑みを浮かべていればいいらしい。  耐えられるだろうか? いや、耐えないといけない。  休憩のために先にセプトの部屋に戻り、ニーアに出してもらったお茶でほっこりしていた。目の前のカインはやたら満足そうだったし、ニーアも嬉しそうである。 「ところで、赤薔薇の刻印が発現したとか?」 「ニーアは、会場で見ていなかったのか?」 「えぇ、窓越しに見てはいましたが……廊下で帰りを待っておりました」 「なるほど、見せてもらうといい。ちょうど、聖女の姿絵と同じところに発現しているから」 「まぁ! カイル様は見られたのですか? 破廉恥ではありませんか?」 「ニーア、事故みたいなものだから仕方がないのよ。側にいたのは、カインだけだったし……急なことで、驚いていたから……」 「そうでしたか」とニーア。わかってくれたようで、「仕方がないですね」と呟いていた。 「こんな日にいうものではないのだけど、セプトがいないうちに……」 「何かありましたか?」 「アリエルが私を訪ねてきたの」 「アリエルがですか? セプト様でなく、ビアンカ様をですか?」 「えぇ、初めてここに来た日を覚えているかしら?」 「……毒、ですか?」 「良心の呵責に耐えかねたようね。ただ、私も事なきを得てはいるけど……気分のいいものではないの。どうするべきかしら?」  カインは、「そうですね……」と考え始める。人払いをしてあるので、ここには三人しかいない。ニーアは、何か言いたそうであるが、私は何も言わないように押しとどめた。 「妥当なのは、近衛に突き出すのが1番でしょう」 「ですよね! では、早速……」 「でも、ビアンカ様は、そうなされたいわけではない……ということなのでしょ?」 「えぇ、何かしらの罰を受ければ、セプトは動くでしょう?」 「あぁ、ありえますね? セプト様の気質なら。……それなら、国外追放がいいでしょう」 「それって……」 「身分を剥奪とかそういうのではなく……婚姻という形でです。もちろん、爵位の問題もあるので……上位貴族への婚姻は避けましょう。その手配はやっておきます。セプト様も婚姻なら国外へ行くのは仕方がないと言うでしょう」 「……ごめんなさいね。こんなこと」 「いえ、そういう煩わしいことはお任せください。セプト様のためにもなります。恨みを買わない程度に反撃いたしましょう!」  ちょっと悪い顔をしているカインに驚いた。なんだか、楽しそうであるのは何故なのだろうか? 「悪い顔をしていてよ?」 「ハハハ……ビアンカ様にはわかりましたか?」 「なんとなく、カインには似つかわしくないような雰囲気だったから」 「実をいうと、あまり、アリエルのことをよく思ってはいなかったのです。後ろについているところが、どうもきな臭かったり、本人も私やミントをできる限りセプト様と離そうとしていたので、何かあるように感じていたところです。今回の件、むしろ、こっちが助かりました! 今晩にでも、綺麗にしておきますよ!」  そう笑うカインに、少しだけ不安はあったが……任せても大丈夫だろう。確かに、アリエルはカインがここに来ることをあまりよく思っていなかった印象はあった。まだまだ、この国のことに疎い私は、カインに任せるしかないのだ。 「あとで、報告だけちょうだいね?」 「わかりました。アリエル本人から、セプト様にさせましょう!」  そんな悪だくみをしているところへ、はぁ……と盛大なため息とともにセプトとミントが入ってきた。今日は、ミントも正装をしているところ、これからの顔通しへ出るのだろう。 「二人共ため息なんてついて、どうしたの?」 「あぁ……公爵に会うのが嫌で……」 「正装が、きつくて……」  セプトとミントが同時に言うが、それぞれらしい話で笑ってしまった。 「なっ、笑うな!」 「失礼ですよ!」  ここも丸被りして、カインとニーアも笑う。お茶を淹れてくれるようニーアに頼むと、私の隣にセプト、カインの隣にミントが座る。 「聖女の魔法、すごかったですね! 我々にかけたときの何十万倍……聞いたところ、国の端々まで届いたとかなんとか……」 「そんなに? 話を盛りすぎではなくて?」 「防衛線にいる門兵から、何事か!? とのろしがあがったそうですよ? それも、1ヵ所や2ヶ所ではなく、東西南北全てから……お披露目会があることは、国中に通達されていましたが、まさか、聖女の魔法が、そこまで届くとは、思ってもみなかったのでしょうね?」  感心しきった珍しいミント。普段着ないような正装だったため、首のあたりが落ち着かないのか、ずっと触っている。 「シャツのボタンをひとつ外して、タイで隠すといいよ!」  さっそくやってみている。余程、苦しかったのだろう。ふぅ……と息を吐いていた。その様子を見ていると、隣からいきなり寄りかかってきた。 「どうしたの?」 「いや……刻印が、出たと思って……」 「そういえば、空に赤薔薇が咲いていましたね? あれは演出ですか?」 「そんな演出しません。なんていうか……出たのよ! 刻印と共に……」 「赤薔薇は殿下の紋章ですよね? 確か、ここにも……とがさごそと通行証を出してきた」 「……もう、俺のものだから、むやみやたらと触るなよ?」  睨みをきかせたらしいが、どうも締まらないのは、私に甘えるように寄っかかっているからだろう。 「さて、そろそろ行かないと……あぁ、行きたくない!」 「主役がいかないと、始まりませんよ?」  カインに促され、私たちは席を立つ。今日はずっと、カインが護衛にいてくれたのだが、ミントが同じようについてくる。 「ミントは何かあるの?」 「あぁ、まだ、知らされてないんだっけ?」 「ん?」 「会場に着いたらわかるから、そのまま行くぞ!」  セプトにエスコートされ、ついていった。ニーアに扉を開けてもらえば、そこから始まる煌びやかな世界。久しく離れていたこともあって眩しかった。 「では、聖女様……まいりますよ!」 「はい、セプト殿下。エスコートよろしくお願いします」  扉が開いたことで、王のいる場所までの道が開いた。私たちは、注目を浴びながら歩く。 「陛下、本日はビアンカの聖女お披露目、誠にありがとうございます」  王子らしく、王に対して挨拶をする。私はそれに倣って淑女の礼を取った。 「来たか。今日は、誠によいものを見せてもらった! 寿命がぐんっと伸びたような気持ちだ!」 「陛下、それはようございました。私も側で見ていましたが、素晴らしい光景でした。御伽噺の中でしか知らない聖女がこのような形で出会えるとは……」 「王妃様、もったいないお言葉です」 「挨拶もそこそこに、主賓であるそなたらと言葉を交わしたいものは大勢いるだろう。それに、後ろにいる者たちも……紹介せぬわけにもいかぬだろう」  後ろに続くカインとミントに王は視線を送る。そこで、はかったかのように宰相の声が会場に響いた。一瞬で賑わいから鎮まる。 「本日は、聖女様のお披露目、誠に素晴らしいものであった。そこで、再度、聖女様のご尊顔をみなに知らしめる。それに伴い、今後聖女様の周りについても発表する。しかと、聞くように!」  知らされていなかったので、驚いてセプトを見上げると頷いた。 「このたび、この国の聖女となられたビアンカ様です。どうぞ、前へ」 「……このたび、陛下より聖女を拝命いたしました、ビアンカと申します。どうぞよろしくお願いいたします」 「続いて……聖女様の婚約者となりますは……第三王子セプト殿下。今後、婚約式を経て、ご結婚なさる予定をしています」  私の隣に並ぶセプト。隣にいてくれるだけでなく手を繋いでくれた。ドレスで前からは見えないだろうが、緊張していた私には何より温かい支援だ。 「最後になりますが、聖女様の護衛としてカイン大将、今後の政務助手として植物研究所ミント副所長が着くことになりますのでお見知りおきください。今後、魔獣退治がある場合は、聖女様にもご同行願うこととなります。なお、聖女教との関わりはございませんので、勧誘に関して、聖女ビアンカ様の名をかたるようなことは、お控えください!」  きっちり釘を刺すあたり、宰相なのだろう。そちらをチラッと見れば、出来る人という印象を得た。このあと、ミントの父親だと聞いて、さらには、ミントが植物への愛と同じようなものを子息であるミントに向けていることを知るのは後日であった。 「では、ビアンカ様、セプト殿下」 「行こうか」 「えっ? どこに?」 「踊るんだよ! それが終われば、ずっと、微笑む時間だぞ?」  私は引っ張られるように、会場の真ん中へ連れていかれる。聖女の宝飾品がシャラシャラと鳴りやんだところで、ゆったりとした音楽が演奏される。 「踊れるんだろ?」 「それなりには……」  差し出された手に重ねれば、腰を引き寄せられた。音楽とともにゆったりした時間を踊る。音楽が鳴り止むまで、優雅にドレスの裾を翻し、踊ると会場からは拍手がわく。 「ふぅ……踊れた」 「お疲れさん、じゃあ、次は……」 「挨拶ね! 微笑み絶やさず聖女をやり切って見せるわ!」  勢いそのまま、用意された席に座り、迎える貴族たち。挨拶を受けているとき、刺さる視線に目をあげると、アリーシャだった。近くで見れば見るほど、同じ人物にしか見えない。 「聖女様、ご挨拶いたします」 「えぇ、初めまして!」  ニコニコと笑顔の下は、アリーシャの視線に焦る。 「セプト殿下! お会いしたかったです!」  視線が外れたとき、アリーシャはセプトへと視線を向ける。優しく微笑み自分の魅せかたをよく知っている……そんなふうであった。元婚約者といるときもそんなだったなと、記憶のそこから掘り出した。  そのとき、セプトの左手首にあるエメラルドのブレスレットがほんのり光った。私にしかわからなかったのだろうか? 私の手首にある同じものも光っている。 「あぁ、これはアリーシャ嬢。いつぞやは……」 「あれから全然お会いできなくて……知らぬ間に殿下はご婚約なさるとは……このアリーシャ、殿下との婚約を楽しみにしていましたのに、とっても悲しいですわ」  今、言うことではないのだが、みな、アリーシャの言葉に頷いていた。  もしかして……魔法かしら?  アリーシャの顔を見れば、瞳がキラッと輝いた。私は不勉強だから、知らない魔法もたくさんある。もし、私の知るアイーシャなら……私と同じく魔法が使えるはずだ。なのに、聖女となっていないことに不思議思っていた。ただ、私のよく知るアリーシャも確か魔法が使えなかったことを思い出した。それと同時に、固有の魔法が使えたのではないかと仮説を立てたこともある。  まさかね?  そう考えていたとき……、様子を窺っていた公爵が口を開いた。 「誠に残念です。我が娘との婚約を反故にされ……どれほど、可愛いアリーシャが傷ついたか……」  先程までと雰囲気が変わった公爵に驚いた。私が立てた仮説。アリーシャは、固有魔法しか使えないのではないか、その名も『魅了』。どんなに嫌悪している人物でも、アリーシャが微笑めば従順になる。  何度か、目撃したことがあったが、気のせいだと思っていた。理由があり、私には魅了がきかなかったから。もしや、セプトも……と、隣をみたら、満面の笑みをたたえていた。もう、アリーシャの魅了にかかってしまったのだろうか? 「殿下、寂しいです」  甘えたような声に、私の背筋はゾッとする。 「そうか、寂しいか」 「はい、殿下と一緒の時間を過ごしたいですわ! どこかへ……」  私は、前婚約者のことを思い出す。こうやって私は婚約者の座から下ろされただけでなく、惨めに罪人にされ首まで落とされたことを。血の気が引いていくのが分かった。 「アリーシャ嬢、そういっていただけるのは大変嬉しいが、私にはもう将来を共にと決めているビアンカがおります。誰よりも愛しい彼女を置いて、あなたと出かけるなど、決してありませんよ! アリーシャ嬢、その節はとんだご無礼をいたしましたが、あなたが素敵な殿方との縁があることを祈っております」  私の手を取り握るセプト。私は、隣にいるセプトの顔を見て驚いた。 「どうかしたかな? 聖女様。それほど、熱く見つめられると、照れるのだけど?」 「いえ、そのように愛しいだなんて言われると、恥ずかしくて……」  左手をそっと頬に添えれば、こちらを見てくるセプト。 「どんな可愛らしい顔をされているのか、見せてください!」  そんな私とセプトの甘々展開を誰が予想していただろうか? むしろ、それは、アリーシャがセプトと行うはずだとふんでいたことだろう。 「し、失礼します!」  踵を返すアリーシャ。 「ビアンカめ、忌々しい! また、私の計画を邪魔するのね! 王子との結婚は……私なのよ。私が……」  振り向いた瞬間に豹変したアリーシャの雰囲気。聞こえてきた言葉に私は肝を冷やした。悪い方に捉えてしまい、手足の先から冷えていく。  今回は何事もなく去っていくアリーシャを見送り、その後、私たちはひたすら貴族からの挨拶を受ける。アリーシャとの一件で、セプトは私の異変に気づき、手を離さず、事あるごとに微笑んでくれ、気にかけてくれた。おかげで、挨拶にくる貴族たちに仲が良いやら惚気ていると散々からかわれたこととなり、瞬く間に国中へ広がる噂話となった。  聖女としては、まだ実績が少ない私。これから、ひとつひとつ積み重ねて、国民との信頼関係を結んでいかないといけない。  聖女……拝命した限り、重い責任を担うことになっても、誰かの役にたてるなら、セプトの隣でこれから誰かの希望となれるよう努力をしよう……今日を振り返り、明日を想う。 「ビアンカ・レートは逃げ出したい……いいえ、もう、逃げたりしないわ! 困難なことがあっても……」  夜空に瞬く星を見つめ、家族に誓いをたてる。  お父様、お母様……そして、お兄様。こんな私だけど、力を貸してちょうだいね!  微笑みかけると、キラッと流れる流れ星。私を家族が見守ってくれているようで、嬉しく思う。隣に来て同じように星を眺めるセプトの肩に頭を預け、「頑張ろうね?」と呟いた。  …… 続く …… ?
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