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教授から論文を預かる目的で邸宅に私はいた。
リビングの、艶やかなニスに塗られた木の椅子に促されてちんまり座ってたら、教授夫人が湯気のたったブラックコーヒーをお出しくださった。教授は書斎に向かってしまって、ひとり落ち着かなかった。
立派な内装を見渡すのが品無いことは承知で、壁にかかった洋風の絵画を澄まし顔で眺めて、それから外に目をやった。
邸宅の庭は広かった。芝生ではなくさまざまな草木が生い茂っていて、そのまま裏山と繋がっているようだった。またきちんと手入れされているのが雑草の少なさから伺えた。
私は思わずお庭に出ても良いですかと夫人に聞いた。夫人は快く承諾して、私は庭へ出た。
いくつかの小さな植木鉢にはかわゆく芽生えた双葉があった。それからもう少し大きな植木鉢には白いつつじが咲いていた。
私は庭の小道を歩いた。足元の木漏れ日が美しい時間帯だったので心地よかった。立派な室内に萎縮していた体が安心して、呼吸を楽にする。
そこらを見渡しながら、自分の将来を思ってみたりする。こんなに心休まる庭が私にも持てるだろうかと。
私はある中木に惹かれて立ち止まった。
それは葉に紛れていくつものつぼみが開花の準備をしていた。
つぼみは密ごとを漏らさんとぴったりと曲線を描いて閉じている。密ごととは花びらの形や色や香りであって、私はいくらか想像してつぼみをじっと見つめた。
それから、まるく肥えた膨らみを口に放り込んでしまいたい衝動を、私は思いついてしまった。飴玉のように転がしたあと、思い切り噛むのだ。歯に敵わぬ柔らかさから、未熟な花びらの湿っぽさを噛み出して飲み込む背徳感を感じてみたかった。
つぼみの曲線は先端で一点となり、無防備に天に向かって突き出す。つつけば、驚いたように咲くだろうと思うばかりの、つぼみとしての完璧さが堪らなかった。
しかし植物に触れてはいけないと、手指を戒める。
私の体温が彼らを汚してしまう気がした。
だからいくつものつぼみに目配せをする。いくつかの青いつぼみは逃しているだろう。たくさんのそれが花開いて華やかな中木になるのを楽しみに思った。
そうして葉やつぼみを視線で愛撫しても、彼らは黙り込むだけだったが、ゆっくりと伏した自分の瞼が重たく、私はたしかに彼らに触れたのであった。
教授の私を呼ぶ声に振り返った。手を振る様子にただいま戻りますと叫んでから、歩幅を飛び石に合わせ、小道に迫り出しているシロバナソシンカを中腰になって潜った。
〈了〉
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