3.偽装夫婦

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3.偽装夫婦

なんだろう、この人の近くにいるとなんだか安心できる。 今までいろんな男性にお目にかかったが、気を緩ませてしまう人はシズハにとって初めてだった…。 「私と名前が似ているのですね」 「そうですね、1文字しか違いませんね」 「あの…それで…、ララシュト国までつくのにどれくらいかかるのでしょう」 「軽く1ヶ月くらいは見ていただきたく…。内陸部にあります故、少し歩かねばなりませんし…」 「そうなのですね…。私…何分外に出るのが初めてなので…いろいろとご迷惑をおかけしてしまいそうで…」 「把握しておりますよ、ソラさんから聞いております」 「えっ…あ、ソラと知り合いなのですか?」 「私が初めて泊まった宿でお世話になりました。その後もあの島で少し生活する為の知識も教えていただいたので、お礼に壊れてしまったオルゴールを直してから島を出る形になりました」 「そうだったのですね…」 嬉しかった。 ソラと面識があったなら、今後会話するのも少し楽そうだ。 「シズハ様からもらったオルゴール、とても大事にされていましたよ」 今はもう、すぐには戻れない。 それでも、その話を聞いて心が温かくなった。 突然の別れとなってしまったソラは、心配してくれるだろうか…。 そして、いつかまた会うことができるだろうか…。 シズハはそんな事を思いながら、船の進行方向とは逆を眺めた。 「大丈夫です、きっとまた会えます。私もソラさんに遊びに行くと約束しましたから」 「はい…。その時は是非一緒に行ってくださいね」 船は進み、さらに3時間が経過した頃、前方に小さな島と、明かりが見えてきた。 今乗っている船よりも3倍くらい大きな船だ。 シラハに手を引かれ、渡し板をゆっくりと渡り切る。 と同時に船は沈んだ。 「ホントに連れてきちまうとは…さすが王子」 「王子と呼ばないでくれ…、国が滅んだのは100年くらい前だ」 出迎えてくれたのは少し小柄の髭を生やした中年男性。 どうやらシラハの仲間のようだ。 「いいだろー!生き残った一族はみんな、今の国王より、クレーエ家が国として復活してくれる事を望んでるんだ」 「反逆分子として処刑されたらどうするつもりだ…」 「おおっと、すみません…こっちだけで話をしてしまった。この方が例の?」 「あぁ、タクタハ国の姫君だ」 「お初にお目にかかります、シズハ・リティエルと申します」 「……偶然か?」 「何がだ…」 「名前が似てる」 「偶然だ」 迎えてくれた中年男性は、カロッソという名前らしい。 話も程々に船内に入ると、座り心地の良さそうなソファや綺麗なテーブルが見え、乗ってきた小さな船よりも快適そうだ。 「2人とも、正装から着替えて行った方がいい。その格好目立つからな」 「シズハ様、お部屋をご用意してあります、そこで着替えられてください」 「わかりました」 通された部屋にはふかふかのベットと、1人がけ用のソファにティーテーブル、絵画なども飾り付けてあった。 そして壁にはシズハが着るための服が掛けられている。 黒と白の清楚な雰囲気の、町娘をイメージする衣装。 これはシラハが選んでくれたものだろうか…? 『こんなにラフな服を着るのは初めてかも…』 袖に手を通す。 着心地も良く、いつも着ているドレスよりも軽い。 姿見で自分の姿を確認した。 『似合ってる…かな』 着替え終わり、ドキドキしながら部屋を出てテーブルがある場所へ向かう。 見るとシラハも着替え、貴族とは思えない街中によくいるような男性になっていた。 でも顔立ちが綺麗なのは変わらない。 「おぉ、服装が変わると町娘と言われればそのままだな」 「素朴な服ですが、それでもお綺麗です」 「…似合ってますか…?」 「えぇ、とても」 なんだか嬉しい。 新たな自分を見れた気がした。 「よし、じゃ飯の時間にしよう。姫様のお口に合うか分かりませんが、用意しましたんで、食べてってください」 「ありがとうございます」 用意された食事は、パンとお肉、サラダとスープだった。 十分だ。 食事も終盤になった頃、今後の事を話し合う。 「旅をするなら王女だとバレたらまずい、そこはどうするんだ」 「私外に出るのが初めてで…分からない事だらけです…」 「人見知りで話すのが苦手という設定でいくのはどうだろう…」 「なるほど、では人に接する時はあまり喋らないように致しますね」 「それだけじゃない、関係性が曖昧なまま旅をするにも不都合が多い。連れとの関係を確認されたり、変なやつに巻き込まれた場合に対処する術は必要だろう」 「ふむ…それも一理あるな…」 「どういう…ことでしょう」 「これからララシュト国へ着くまでの間、2人は夫婦として過ごすのさ」 「……えっ、ええっ?!」 実際に夫婦になる訳ではない。 あくまでも偽装だ。 それでも利点は多い。 結婚しているかしていないかで、手を出してくる人は確実に減る。 一般常識がない人間はそんなのはお構いないが、それでもワンクッションあるだけでも危険は減るのだ。 「シズハ様が嫌で無ければ…」 「あ…あの…、私でよければ…」 シラハの容姿は綺麗で好みだ。 性格はまださほどわかってはいないが、一緒にいて嫌な感じはない。 少し戸惑いはあるが、嫌ではないので受ける事にした。 「じゃ呼び方も外行きでいこう、旦那様と呼んでいれば、シラハ様も名前からいろいろ聞かれる事も減るだろう」 「よ…よろしくお願いします、旦那様…」 「……あぁ…」 なんとなく照れくさい。 偽装とわかっていても、何かを期待している自分がいる。 それは実はシラハも一緒で、案外嫌ではなさそうだ。 「よし、そうなってくれると俺は読んでいてね、実は指輪も用意してある…」 そう言うと、カロッソは近くの棚から宝石箱を取り出し、中から指輪を抜き取った。 まずはシズハのほうに、シラハの指輪を。 受け取ったシズハはゆっくりとシラハの指にはめた。 今度はシラハが受け取った指輪をシズハにはめる。 まるで2人だけの結婚式をあげているような気持ちだった。 「はい、コレで今日から2人は晴れて夫婦でーす」 偽装だとわかっていても、そう言われたら少し意識してしまう。 「まぁ別に、タカノリ国王が心変わりして、妻にならない可能性だってあるんだから、その時はシラハ様の本当の嫁になったっていいんだぞ?」 「話をあまり広げないでくれ」 「あくまでも可能性の話だろう」 「それはそれとして、今日はそろそろお疲れでしようし、休まれてください」 「あとは俺が運転して陸地まで届けます、これから大変な旅になるし、休める時に休んでください」 「…は、はい」 そう言われシズハは着替えた部屋に戻る。 1日でいろいろな事が変わりすぎた。 そして左手薬指にはめられた指輪を眺める。 『なんだろう…この気持ち、心が温かくて…なんだか嬉しい。それに…私の、旦那様〜…!』 出会い方はなかなかにないものだが、自分の結婚という言葉や、旦那様と言う言葉に憧れはあった。 偽装だとしても、その言葉を発せれる事が特別に感じた。 とは言え、1ヶ月後くらいにはこの関係も終わってしまう。 この先どうなるか分からないが、きっといい旅になる事を願ってシズハは床についた。
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