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ピリリと、確かにヒビの入る音がした。
その日はよく晴れた春の日
花が咲き乱れ、小鳥たちが歌を歌っていたの。
あたしが街を歩くと皆が笑いかけてくる。
「おはよう、天使さま」
神父見習いの少年は顔を真っ赤にしてあたしを見つめる。あたしも頬が熱い。
でも、あたしは大人の女にはなれない。ずっとつるぺた童女の姿のまま。
いつしか、神父は大人になり、大人の女と恋に落ちた。
ピリリと、確かにヒビの入る音がした。
それは、あたしが天使として産まれるときにも聞いた音だった。
(あたし以外を愛するなんて許さない…!)
気がつくと、陽の光は途絶え、乾いた地面から緑は消え去り、ひび割れた大地が広がっていた。飢えた人々が餓鬼のように世界を右往左往し、あの神父と女との間に生まれた赤ん坊は干からびて死んだ。
卵にヒビが入る音は、心にヒビが入る音によく似ていた。
新しく産まれたあたしに笑いかけてくれる人はいなかった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう…
あたしは、ただ1人に愛を注いではいけなかったの
こんなことになるまで気がつかないなんて…
あたしは…あたしは…
あたしは、
涙がほおを伝い落ちて、乾いた地面に吸い込まれていく。その地中深くでポコっと何かが産み落とされた。
あたしは地面に耳を当て、目を閉じる。
ピリリと、確かにヒビの入る音がした。
殻が割れた。その後、どうすればよいか、不思議とすぐにわかった。俺は地上を目指した。地上は薄暗く、荒涼とした風景が続いていた。自分とよく似た金髪の少女が地面に伏せている。
(死んだ…?)
少女には自分と同じように羽根があった。だが、その羽根は燃え尽きたみたいに黒く焦げて根元しか残っていない。少女の口元に耳を近づける。微かに息があった。
(この世界を導くには、自分一人の力では無理だ…)
少年は少女の腕を自分の肩にかけ、その小さな翼で飛び立った。
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