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パティスリーは、週に2日しか営業しない。
一人で何もかもするには時間も体力も必要なんだそうだ。
ある日僕は、以前から疑問に思っていたことを思いきって聞いてみた。
「真幸さん。お店は金曜日と土曜日で、木曜日が仕込みでしょ。他の日は何してるんですか」
「日曜日は休み。後の3日間はいろいろ」
「いろいろって?」
「んー、知り合いのお店の手伝いとか、レシピの整理に試作品作りとか。あと今考えてるのは、お菓子作りの教室をやってみようかなとか」
「ここでですか」
「そう。2階にキッチンがあるし、スペースも十分だから」
僕もお菓子を食べるのは大好きだけど、作ったことはない。
でも、真幸さんと一緒だったら楽しそう…
「そうだ。青くんさ、試しにやってみない?」
思ってたことを言い当てられたみたいで、僕はドキッとしてしまった。
「えっ」
「俺も雰囲気を把握したいのもあるし。今度の月曜日、祝日だろ。よかったらお昼もここで一緒に食べてからとか。どう?」
「…すごい嬉しいです」
「じゃあ決まりだ」
急なお誘いに僕はすっかり舞い上がってしまったけど、真幸さんも楽しそうなのでお言葉に甘えることにした。
約束の時間にインターホンを鳴らすと、すぐに真幸さんがドアを開けてくれた。
「休みの日に来てくれて、ありがとう」
「こちらこそ、誘っていただいて。あの、これ…」
僕が差し出した小さな花束を、真幸さんは笑顔で受け取ってくれた。
「綺麗だね」
2階の部屋は、思ったよりも広かった。
「作業スペースはあるけど、キッチンはここだけだから、一度に何人もは無理そうだね」
「少人数だと、丁寧に教えてもらえていいんじゃないですか」
真幸さんみたいな優しい人だったら、女の人が殺到するだろうな。そう思った僕の胸が、ちくっと痛んだ。
そうだよね
この人がモテないわけがない
毎週会って話して仲良くはなったけど、僕はお客さんの一人に過ぎないんだから。こんなふうに誘ってくれたりして、とてもよくしてくれるけど、自惚れちゃいけないよね…。
「…青くん。どうした?」
「は、はいっ。すみません」
せっかく真幸さんといられるのに、よけいなことを考えてたら時間がもったいない。
「先にご飯にしようか」
さっきの花束は、テーブルの上の綺麗なグラスに挿してくれていた。そして、ふたり分のランチがいつの間にか用意されていた。湯気の立つトマトソースのパスタには、エビとイカが入っていた。オリーブオイルとにんにくのコンビネーションが、僕の食欲を刺激する。
「おいしいです。真幸さん、料理も上手なんですね」
「作るのも食べるのも好きなんだよ。青くんの口に合ったならよかった」
でも、真幸さんが優しく笑うと、僕まで嬉しくなる。話は尽きないし、心地よいその声をずっと聴いていたくなる。
不意にこみ上げてきたその気持ちは、僕の心をかき乱した。せっかく作ってくれたパスタをちゃんと味わいたくて、僕は食事と真幸さんの話に集中した。
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