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「本日はシフォンケーキにチャレンジです」
「わあ、大好きです」
僕が言うと、真幸さんは吹き出した。
「青くんは、嫌いなものないだろ」
「あ、そうかも」
真幸さんのお菓子は、全部好きかもしれないな…
「このケーキはとにかく卵白を泡立てて、空気を含ませることがカギだからね。それがあのふわふわの食感になるんだ」
「体力要りそうですね」
「初日だから、電動のハンドミキサーも用意したよ。でも、飾りのホイップクリームだけはちょっと頑張ってみようか」
卵黄と砂糖、バター、牛乳を混ぜ、小麦粉をふるいながら加える。次に卵白をしっかり泡立てたものを、切るように混ぜ合わせる。初めは透明の液体だったものが、今やボウルにいっぱいの、ふわふわの真っ白いメレンゲになっていた。
「卵白ってこんなになるんですね」
「これで作ったクッキーは、噛むとしゅわっと溶けてしまうんだ」
「あ。それ前に食べたかも。楽しくて止まらなくなっちゃったんですよ」
僕がはしゃぐと真幸さんは嬉しそうに笑った。
「そうっとね。せっかくの泡をつぶさないように」
ゴムベラで言われた通りにすると、黄色と白が混ざって、綺麗なクリーム色になった。
確かに泡立てるのは大変そうだけど、材料も手順もシンプルだった。型に流し込んでオーブンに入れると、真幸さんが生クリームを準備してくれた。大きめのボウルに氷水を張り、それにクリームの入ったボウルを当てて、冷やしながら泡立てる。
「肩と腕の力を抜いて。手首を軽ーく回して、円を描くようなイメージでやってみて」
「はい…」
真幸さんが僕の両肩に手を置いて、肩を揉むように触れてくるから、ただでさえ慣れない作業なのに、僕は一層緊張してしまった。
「ガッチガチだな」
肩に力が入ってるのを見かねて、真幸さんは僕の後ろから、抱え込むように右手を掴んだ。肩に、背中に、手首に、彼の体温を感じて、僕は自分の頬が熱くなるのがわかった。
「こんな感じ。そうそう」
いつもより近くで聴こえる声にもドキドキしながら、なるべく作業に集中して真幸さんの動きをトレースした。
「だいぶいいね。砂糖を加えていこう。いつもなら角が立つまでやるけど、今日は緩めでOKだよ」
クリームが出来上がると、ふっと緊張が解けた。さっき、真幸さんが触れたところが自分の体じゃないみたいだった。ふわふわして落ち着かない。
「甘さはこのくらいでいいかな」
真幸さんが人差し指にクリームを取って、僕の目の前に差し出した。
「え、あの…」
戸惑う僕を見て、真幸さんがくすっと笑った。
「はい」
そう言って僕の唇に少しだけクリームをつけてから、真幸さんは指を舐めた。その仕草がとても色っぽくて、またドキッとしてしまった。鼓動が速くなっていく。
「ん。ちょうどいい」
僕も真幸さんの指が触れたところをそっと舐めた。ほんの少しの部分なのに、クリームの仄かな甘味と彼の感覚が、身体中に広がっていくようだった。
真幸さんは僕をじっと見つめている。
「な、何ですか」
「俺、前から不思議に思ってたんだけど、こういう時、何で顔にクリームとか付くのかなって」
「えっ、付いてますか」
「うん。ここ」
そう言って真幸さんは、僕の肩を抱いて鼻先にキスをした。わずかだけど舐められた感覚があって、僕の心臓は跳ね上がった。
「他にも付いてるけど、どうしようか」
「ど、どうしようかって…」
「ふふっ。冗談だよ、顔洗っておいで」
真幸さんはいつもの笑顔で爽やかに言ってのけた。
真幸さんがいつもより優しくてカッコよくて
ちょっとだけ意地悪で、心臓がもたないよ…
洗面所で顔を洗うと、気持ちも少し落ち着いた。
鏡の中の自分は、見たことがないほど情けない顔をしている。
からかわれてる?それとも…
だけど、男の人だよ?
僕だってこないだまでは、女の子が好きだったはずなのに。でも、それなら何でこんなにドキドキするんだろう…。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
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