Would you some bite?

4/4
前へ
/4ページ
次へ
キッチンに戻ると、ちょうどケーキが焼き上がったところだった。真幸さんがオーブンの扉を開けると、辺り一面に甘い匂いが(ただよ)った。 ひっくり返して型から外し、ケーキクーラーに乗せると湯気が立ち上った。 「わ、すごい。ふわふわですね」 「大成功だな」 真幸さんはふっと微笑むと、僕の頬に素早くキスをした。彼の吐息が頬を優しく撫でて、僕の鼓動はまたスピードを上げた。頬を押さえて立ち尽くしている僕をそのままに、真幸さんはコーヒーを淹れ始めた。香ばしい琥珀色の雫がドリップされて、(かす)かな音を立てる。 「青くん」 「…はい」 「ごめん。あんまり君が可愛いからさ、つい」 真幸さんは笑みを浮かべながら、コーヒーカップとケーキのお皿を取りだした。 「…もしかして、からかってますか」 「違うよ。…って言ったら、どうする?」 「真幸さん、何で…」 「まだ俺に聞くのか。自分の気持ちは?」 「あ…」 真幸さんは真っ直ぐに僕を見ていた。 いつも優しくて、話してると楽しくて。 真幸さんのことを、もっと知りたくなる。 ずっと一緒にいたい。 もっと触れて欲しい。そして、僕も─ 男とか女とか関係ないんだ。 僕は、真幸さんが好きだ。 ずっと触れたかったんだ。 きっと、僕の気持ちはとっくにバレてる… 僕は真幸さんの両腕をすがるように掴むと、背伸びして短くキスをした。唇を離す時に驚いた彼の顔が見えて、また顔が熱くなった。 「…さっきからずっと、真幸さんに触れたくて。キスしたいって、思ってました」 うつむいたまま、僕は答えた。 真幸さんが、ふっと笑った気配がした。 「…恥ずかしいのか」 「……はい」 真幸さんは、僕の顎に指をかけた。 「青、ありがとう」 そう言うと僕にキスを返してきた。 何度も、何度も。 静かな部屋に、バードキスの余韻が響いて気恥ずかしかった。時々僕の唇を甘噛みしたり、焦らしたり攻めたりしながらの数えきれない彼の気持ちに、息継ぎができなくて苦しくなった。 「…ごめっ、なさ…、もう…」 真幸さんは僕を抱きしめた。 「ごめん」 彼の腕の中で呼吸を落ち着かせた。 身につけたエプロンから、甘いケーキの香りがする。 ほっとする優しい匂い。 「真幸さんって、美味しそうな匂いがする」 僕は思わず呟いて、そっと手を伸ばして彼を抱きしめると、胸に顔を(うず)めた。 「もうギブアップなんだろ。これは何の意思表示?」 「あっ、いや、そういうつもりじゃなくて…」 僕が慌てて言うと、真幸さんがもう一度僕にキスをした。さっきまでと違って彼の唇が、僕をしっかりと(とら)えた。 「んっ…」 急に彼の色気を感じて、僕は足の力が抜けてしまった。 やっぱり大人の余裕には敵わないな… 「自覚してなかったのか」 真幸さんが困ったように笑いながら言った。 「危なっかしいな。ケーキよりも先に教えておくことがありそうだ」 「ごめんなさい…」 「ま、そこが可愛いんだけどね」 そう言って僕の頭をぽんと軽く叩いた。 「とりあえずお茶にしよう。せっかくのケーキもコーヒーも冷めちゃうから」 「はい…」 「こないだ作ったいちごのジャムがあるから、一緒に添えようか」 「全部おうちにもありそうな材料ですね」 「その方が気軽に作れるだろ。思い立った時に」  ケーキはとてもやわらかくて、クリームもジャムもよく合っていた。 「どう?」 「うん。とってもおいしいです」 「自分で作ると、余計にそう思うだろ」 「そうですね」 「俺も味見しよう」 コーヒーカップを僕の前に置くと、真幸さんが不意に僕の肩を抱き寄せてキスをしてきた。今度ははっきりと舌の感触があって、僕は顔が火照(ほて)るのを止められなかった。 「ん。美味しい。よく出来てる」 いつもの笑顔で真幸さんはそう言った。 僕が食べられる日も、そう遠くなさそうだ…。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加