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キッチンに戻ると、ちょうどケーキが焼き上がったところだった。真幸さんがオーブンの扉を開けると、辺り一面に甘い匂いが漂った。
ひっくり返して型から外し、ケーキクーラーに乗せると湯気が立ち上った。
「わ、すごい。ふわふわですね」
「大成功だな」
真幸さんはふっと微笑むと、僕の頬に素早くキスをした。彼の吐息が頬を優しく撫でて、僕の鼓動はまたスピードを上げた。頬を押さえて立ち尽くしている僕をそのままに、真幸さんはコーヒーを淹れ始めた。香ばしい琥珀色の雫がドリップされて、微かな音を立てる。
「青くん」
「…はい」
「ごめん。あんまり君が可愛いからさ、つい」
真幸さんは笑みを浮かべながら、コーヒーカップとケーキのお皿を取りだした。
「…もしかして、からかってますか」
「違うよ。…って言ったら、どうする?」
「真幸さん、何で…」
「まだ俺に聞くのか。自分の気持ちは?」
「あ…」
真幸さんは真っ直ぐに僕を見ていた。
いつも優しくて、話してると楽しくて。
真幸さんのことを、もっと知りたくなる。
ずっと一緒にいたい。
もっと触れて欲しい。そして、僕も─
男とか女とか関係ないんだ。
僕は、真幸さんが好きだ。
ずっと触れたかったんだ。
きっと、僕の気持ちはとっくにバレてる…
僕は真幸さんの両腕をすがるように掴むと、背伸びして短くキスをした。唇を離す時に驚いた彼の顔が見えて、また顔が熱くなった。
「…さっきからずっと、真幸さんに触れたくて。キスしたいって、思ってました」
うつむいたまま、僕は答えた。
真幸さんが、ふっと笑った気配がした。
「…恥ずかしいのか」
「……はい」
真幸さんは、僕の顎に指をかけた。
「青、ありがとう」
そう言うと僕にキスを返してきた。
何度も、何度も。
静かな部屋に、バードキスの余韻が響いて気恥ずかしかった。時々僕の唇を甘噛みしたり、焦らしたり攻めたりしながらの数えきれない彼の気持ちに、息継ぎができなくて苦しくなった。
「…ごめっ、なさ…、もう…」
真幸さんは僕を抱きしめた。
「ごめん」
彼の腕の中で呼吸を落ち着かせた。
身につけたエプロンから、甘いケーキの香りがする。
ほっとする優しい匂い。
「真幸さんって、美味しそうな匂いがする」
僕は思わず呟いて、そっと手を伸ばして彼を抱きしめると、胸に顔を埋めた。
「もうギブアップなんだろ。これは何の意思表示?」
「あっ、いや、そういうつもりじゃなくて…」
僕が慌てて言うと、真幸さんがもう一度僕にキスをした。さっきまでと違って彼の唇が、僕をしっかりと捉えた。
「んっ…」
急に彼の色気を感じて、僕は足の力が抜けてしまった。
やっぱり大人の余裕には敵わないな…
「自覚してなかったのか」
真幸さんが困ったように笑いながら言った。
「危なっかしいな。ケーキよりも先に教えておくことがありそうだ」
「ごめんなさい…」
「ま、そこが可愛いんだけどね」
そう言って僕の頭をぽんと軽く叩いた。
「とりあえずお茶にしよう。せっかくのケーキもコーヒーも冷めちゃうから」
「はい…」
「こないだ作ったいちごのジャムがあるから、一緒に添えようか」
「全部おうちにもありそうな材料ですね」
「その方が気軽に作れるだろ。思い立った時に」
ケーキはとてもやわらかくて、クリームもジャムもよく合っていた。
「どう?」
「うん。とってもおいしいです」
「自分で作ると、余計にそう思うだろ」
「そうですね」
「俺も味見しよう」
コーヒーカップを僕の前に置くと、真幸さんが不意に僕の肩を抱き寄せてキスをしてきた。今度ははっきりと舌の感触があって、僕は顔が火照るのを止められなかった。
「ん。美味しい。よく出来てる」
いつもの笑顔で真幸さんはそう言った。
僕が食べられる日も、そう遠くなさそうだ…。
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