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ドアベルが鳴ると、真幸さんは顔を上げていつもの笑顔で僕を迎えてくれた。ふんわり優しいバターの香りが、それを引き立てている。
「いらっしゃい」
「こんばんは」
「今日はまだブラウニーが残ってるよ」
「やった!いただきます」
3ヶ月前、会社からの帰り道に出来た小さなパティスリー。オーナー兼パティシエの真幸さんと少しおしゃべりして、おすすめを買って帰るのがスイーツ男子の僕の週末の楽しみになっていた。
「本日はいちごのチーズケーキになります」
「おいしそう。じゃあ、あとプリン2つで」
「かしこまりました」
少しおどけてにこやかに笑う真幸さんは、イケメンでとても優しい。
歳は知らないけど、25の僕よりすごく大人に見える。10くらいは違うかもしれない。
「真幸さんみたいにイケメンで、こんなにおいしいお菓子も作れるなんて憧れますよ」
「顔とお菓子は関係ないだろ」
可笑しそうに真幸さんが笑う。
「でも、青くんみたいに喜んで食べてくれると、作った甲斐があるよ」
「真幸さんのお菓子は、みんなおいしいですよ」
「青くんには全部制覇されちゃったからな。新作を作らないと」
「楽しみにしてます」
「いつもプリン2つって言うけど、彼女でも待ってるの?」
急に個人的な話になって、僕は慌てた。
「ち、違いますよ。2つとも僕が食べます」
「ふふっ。そうなんだ?」
「大好きなんですよ。今日と明日と1つずつ食べるんです」
「へえ。そんなにか」
「今まで食べたプリンの中で一番好きかも」
「ありがとう。じゃあ、これもおまけしとくね」
クッキーを片手にやわらかく笑う真幸さんを見てると、とても癒やされる。
「もうこんな時間か。今日は遅かったんだね」
「そうなんですよ。急に残業頼まれて。売り切れちゃったらどうしようかって、走って来ました」
真幸さんが声を上げて笑った。
「大丈夫。ひとつぐらい残しておくよ」
「ホントですか」
「君は大事なお得意様だから」
初めて真幸さんのお菓子を食べて、その虜になってから、僕は毎週欠かさずこのお店に来ている。他にもお客さんはたくさんいるだろうけど、真幸さんにそんなふうに言ってもらえるのは、くすぐったい気分だった。
お会計をしながら、1週間の出来事を報告するように、僕がお喋りするのがお決まりのようになっている。僕の他愛ない話に、真幸さんは笑顔で相槌を打ってくれた。
「じゃあ、また来週」
「気をつけて」
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