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半年が過ぎた頃、私はたまごが泣いている姿を初めて目にしました。
「かえり……たい」
星のない夜、彼女は川辺に座り込んでいました。
声を掛けるべきなのか、見なかった振りをするべきなのか。
決断することをできなかった私は、ただただ彼女の背中を眺めておりました。
その時です、突然頭の中に不思議な声が響きました。
『安心しなさい。修業は辛く厳しいですが、たまごはいずれかえることができます』
その声は男性のようであり女性のようであり、子どものようであり老人のようでした。
初めてのことでしたが、私はすぐに確信致しました。
それは聖女様の声です。
「聖女様、どうかその慈悲深いお言葉を、私ではなくあの子に直接仰ってください」
『いいえ。それはできません。彼女はすでに聖女がこの世に存在しないと信じているからこそ、修行に励むことができるのです』
「そんな……」
『あなたの役割はたまごを導くこと。決して腐らせることのないよう、彼女を支えるのです』
「聖女様」
『いいですか。今はまだ、私の力が及んでいるため世界の均衡は崩れていません。
ですが、彼女がたまごとして立派に役割を果たせなければ、聖女の力は途切れ、世界は滅びへの道を突き進むことになるのです』
「どうして、それほどまでに重い役割をあの子に……」
『誰かが担わなければならないのです。
それはあなたも同じこと。
あなたは司祭として多くの人を救いました。そして、多くの命と引き換えに、たった一つの命を救いましたね』
「はい……」
『あなたたちは、その罰を受けているのです。役割から逃げることはできません』
「あなた、たち」
聖女様の言葉に、私ははっとしました。
どうして、忘れていたのでしょう。
「聖女様。まさかたまごは、あの子は――」
聖女様はもう、私の声に応えてくださいませんでした。
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