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いきなり響き渡った大きな物音に、教室はさっきまでの喧騒が嘘だったかのようにシンと静まり返る。
「うるさいよ、お前ら」
痛いほどの沈黙を破ったのは、冷たい低音だった。
決して荒い声色ではなかった。怒号を浴びせたわけでもない。けれどその声が一瞬にしてこの場に緊張感を齎したのは、きっと声を発したのが“彼”だったからだと思う。
望月 理仁。
まだ入学して数日しか経っていないけれど、彼の名前は頭の中にインプットされていた。
大人びていて誰もが目を惹くようなルックス。それに加えて見上げるほどの高身長ときたら、目立つのは当たり前だった。
カーストで言えば間違いなく上位に君臨するような人材だ。私が声を上げるのと彼が声を上げるのでは意味が違う。
ガタリ、徐に席から腰を上げた彼は気怠そうにこちらまで歩いてくる。そして書記をしていた中林さんから「貸して」チョークを取り上げると、生活委員と書かれた下に“こぶち”と大きく殴り書く。
「いや俺、立候補したわけじゃ……」
「手挙げただろ」
物怖じしない力強い声だった。続けて「文句ある?」と圧をかけるような言葉を投げつければ、相手は静かに口を噤んだ。
「早いもん勝ちだからどんどん手挙げていけよ。被ったらじゃんけん、手挙げなかった奴は俺が勝手に決めるから」
異論は認めないとでも言うようにそう続けた彼は「次、図書委員」と、さっそく話を進めていく。
さっきとは打って変わって雑談したり茶化すような真似をする人はひとりもいなかった。みんなきちんと手を挙げ、次々に委員は決まり、およそ30分という速さで委員会決めは幕を閉じた。
「あ、あの!」
チャイムが鳴るや否や、教室を出て行ってしまった彼の後を追う。スタスタと階段を上がる後ろ姿に声を掛けるも、その足は止まる気配を見せない。
「――望月くん!」
半ば叫ぶような音量でその名前を呼べば、そこでようやく彼の足が止まる。数段上で動きを止めた彼はゆっくりとこちらに振り返った。
「なに?」
「えっと……さっきはありがとう」
そう言いながら頭を下げた私に、彼は切れ長の瞳を少しまるくしてぱちぱちと目を瞬かせた。
「わざわざそれ言いに来たわけ?」
「え、…うん」
「礼とか大袈裟だろ」
怪訝そうな目に、首を横に振った。
「そんなことないよ」
あのままだと最悪、私はあの場で泣き出していたかもしれない。そんな事になっていたらこの先、大半の人が私の事を腫れ物のように扱うようになっていたかもしれない。それを阻止してくれたのは紛れもなく目の前の彼だ。感謝せずにはいられなかった。
それに、例えそれがどれだけ正しい事だとしても大勢を対にして声を上げる事は決して簡単なことでは無い。
それを私はよく知っていたから、だからこそ感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。
「私は、救われたから」
「……」
「だから、ありがとう」
こちらを見下ろす瞳を真っ直ぐ見据えながら再度そう言った私に、彼は少しだけ目を細め、ゆるりと口角を上げた。
その表情を見た瞬間、トクリと心臓がちいさな音を立てる。
そしてそのまま、背を向けて再び階段を上がっていく。
何も言わなかった。けれど、ちいさく笑った彼が『どういたしまして』と言っているように見えた。声無き言葉を想像して、勝手に胸が熱くなる。
言葉数は少ない。表情もあまり変わらない。人を近寄らせない冷たいオーラを放つような人だった。
だけど、困っている人を決して見過ごさない。
そんな理仁は、私の憧れだった。
今も、昔も。
今思えばこの時からもう既に、私の中で理仁は特別な存在だったのかもしれない。
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