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1「ゆいいつの光」
「……、」
夢を見た。
ひとりで過ごす夜は必ずと言っていいほど見る夢だ。
無機質な白が広がる天井をぼうっと見つめていると、目の淵から零れた無色透明のそれが、ツゥー…っとこめかみの方に流れていく。
むくりと身体を起こして、手の甲で目元を擦る。
あと何回この夢を辿れば、胸の痛みは無くなるんだろうか。
あと何回涙を流せば、この虚しさは消えるんだろうか。
そんな疑問をあの日からずっと胸に抱えたまま生きている。
布団を剥ぎ取ったところで、アラームを告げる機械音がけたたましく部屋に鳴り響いた。ベッドの隣にあるキャビネットの上で震えるスマホを止めてから、リビングに向かう。
薄いグレーのカーテンを開ければ、煌めくような朝日が部屋の中に差し込んだ。
その世界には私の心とは両極端のような目が眩むほどの快晴が広がっている。
「…いい天気」
ポツリと落とした独り言は、誰もいない空間にさびしく溶けていく。
一点の曇りもない空から目を逸らすように踵を返し、キッチンへと向かう。マグカップにミネラルウォーターを注ぎ、それをレンジにセットしてから次は洗面台に足を運んだ。
歯磨きと洗顔を済ませて再びキッチンへと戻ればさっきレンジにセットしてあったマグカップの中のミネラルウォーターは白い湯気を立てていた。
白湯を飲むようになったのは、一年ほど前から。職場の後輩から『身体にいいんですよ』と聞き、なんとなく始めたのが切っ掛けで、気づけば毎朝の習慣と化している。
暖かいそれを体内に流し込みながら、スマホを操作し、縋るようにひとつの名前を探す。
求めていた名前は着信履歴の一番上に記されていた。迷うことなくタップして通話に繋げたけれど、無機質なコール音を鳴り響くばかりで一向に声は聞こえてこない。5回目のコール音が鳴る前に画面を閉じた。
「…はぁ……」
テーブルに突っ伏して、肺の中にある空気をすべて吐き出すように溜め息を吐き出す。
さっき顔を洗ったらから涙の跡はもう残っていないのに、まだそこがヒリヒリと乾いた痛みを放つようで。
すべてから蓋をするように、目を閉じた。
そうして現実逃避をはかったのは時間にすると多分、数分の事だった。気合いを入れるように「よし」と独りごちてから、上体を起こす。
おもむろにメイクポーチを手にしては、仕事用の化粧を施していく。
どれだけ心が沈んでいたとしても、どれだけ自分の不甲斐なさに打ちひしがれようとも、この世界は時を刻む事をやめてはくれない。それはもう、10年前に嫌というほどに痛感した事だった。
30分あまりで身支度を済ませた私は、黒いトートバッグを手にして、ひとりきりの家を出た。
身を投じた外の世界には、いつも通りの日常が待ち構えている。
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