1「ゆいいつの光」

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「羽菜さん、彼氏さんと付き合って何年でしたっけ?」 就業開始から一時間ほど経ったところで隣の美夕ちゃんからそんな質問が投げかけられた。 私語は慎むように注意しなきゃいけないけれど、美夕ちゃんはこう見えて仕事はしっかりするから大目に見てしまっている。 現に今も私に話を振りつつも手元はきちんとキーボードを打っている。ミスも滅多にしないし、お喋りをしているのに仕事は早い。こっちが助けられる時も多々あるから本当に侮れないな、と思う。 「えー…と……もう10年だ」 デスクの上に散乱している資料を集めながら逡巡するようにぽつりと言葉を落とせば「10年!?やば!信じらんない!」と、隣から驚愕する声が聞こえた。 確かに数字にするとなかなか長い期間だ。でも、実際はそんなに時間が経ったように思えない。本当に、あっという間だった。 「じゃあもう結婚秒読みって感じですか?」 「んー……どうだろう」 トントン、とデスクの上で集めた資料を揃えながら、小首を傾げる。 「あんまりそういう感じ、ないんだよね」 普段から愛の言葉や甘いセリフなんて絶対に口にしない人だ。彼からプロポーズされる場面は、どうも想像できない。 結婚についての話も今まで一度も出たことがないから、彼がそれを視野に入れて人生のビジョンを立てているかどうかすら、危うい。 「そうなんですか?でも羽菜さんは結婚するつもりですよね?」 「……」 改めてそう聞かれるとイエスと答えるべきかノーと答えるべきか考え込んでしまう。 絶対に結婚したい!とか、そういう強い要望があるかと問われれば違う気がする。それは結婚に対してネガティブな印象があるからとかそういうわけではなく、結婚だけが全てではないと思うから。 彼と一緒にいられるのなら、名前はどうだっていい。 巡り巡った思考は、そこに辿り着いた。 そうは言っても結婚というものに憧れが一ミリもないわけではないから、できるのならしたい。それが本音ではある。 「もし結婚するとしたら、彼しか考えられないなぁ…」 考え抜いた末、ぽつりと本音を零した私に美夕ちゃんはキーボードを打つ手を一度止めてから、ふふっと穏やかな笑みを浮かべた。 「それだけ付き合い長かったら、そりゃそうですよねー」 「まあ、…うん」 「いいなぁ。仲睦まじくて、何よりです」 まだ結婚の“け”の字もないというのに祝福するような笑みを向けられて、少し照れてしまう。 揃えた資料をデスクの端に置き、今担当しているポスターのデザインに向き合う。 知る人ぞ知るビールのメーカーのポスター。今、一躍人気となっているイケメン俳優が輝くほどの笑顔でビールをこちらに向けている。 ビール…飲みたくなってきた……。 ごくりと生唾を飲み込みながら、マウスを手に握る。カチカチとクリックを繰り返していると、再び隣から声が掛かった。 「ちなみに彼氏さんとの出会いってどんな感じだったんですか?」 ───カチ、 クリックを繰り返していた指先が、その言葉によって止まってしまう。 パソコンの画面と向き合ったまま黙りこくってしまった私に美夕ちゃんはチラリと横目で視線を寄越してから、何やらハッとしたように言葉を続けた。 「あ、そっか。10年も前の事ですもんね」 そう。 もうあれから、10年だ。 そんなにも、時間が経ってしまった。 「さすがにもう忘れちゃいました?」 へへ、と茶目っ気たっぷりの笑みを向けてくる美夕ちゃんに、私はただ曖昧に笑う事しか出来なかった。
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