存在のたまご

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 翔太の額に衝撃が奔り、何かが砕ける音がした。  視界に黄色く、粘着質な何かが垂れてくる。反射的に翔太は目を閉じ、顔にかかった何かを手で拭った。  瞼を開いて、手についたそれを見る。ドロドロとした透明の液、中心には潰れて広がった黄色。それらの中に殻が混じっていた。  卵を投げつけられたのだと気がつく。 「やったぜ! 命中だぁっ!」  大きな笑い声がいくつも聞こえてくる。翔太の少し先には、同じクラスの健志とその取り巻きがいた。見るからに高そうな、シルバーモデルのランドセルを背負った少年が健志だった。 「ひよっ子がひよこの卵投げつけられてやんの!」 「………………」  健志の挑発に、翔太はただ口をつぐんで黙っていた。  ここで泣いたり怒ったりすれば相手をさらに喜ばせることになる。彼らは翔太の反応を見て楽しんでいるからだ。道端で並ぶアリの行列に小石を落として慌てふためく様を求めているのと同じだ。  翔太は健志たちに背を向け、足早に歩き出した。背負ったランドセルに何かがぶつかる音がした。駆け出す。後ろから一段と大きな哄笑が追いついてきた。耳を塞いでも、その雑音は頭の中に無遠慮に入り込んだ。 「消えろ、消えろ、消えろ……!」  翔太は口の中で何度も唱え続けて、翔太はまとわりつく声を振り払おうとする。  自分は透明人間だ。だから、いま世の中で起こっている全ては自分に何の関係もないし、気にする必要なんて一切ないのだ。健志のことも、取るに足らない。  そう、翔太は自分自身に言い聞かせ続けた。
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