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翌朝は目元も腫れぼったく最悪な気分だった。休んでしまいたかったが、それでは和田先生のいうように『悲劇のヒロイン』ぶっているようなのが嫌で、意地で登校した。こうなるとモデルが昨日で終わっていたのは良かった。和田先生ともクラスも違う優奈とも会わなくてすむ。そう思っていたのに、帰る前に校内放送で美術準備室に呼び出されてしまった。
大々的に呼び出され、帰ることも出来ず美術準備室まで来たのはいいが、中に入るのに躊躇してしまう。昨日の今日だ。扉前で取っ手を引くの迷っていると勝手に開いたので思わず後ずさると、和田先生が呆れた顔で立っていた。
「入ってくるのに、どんだけかけるつもりだ」
「なんで……」
「扉のすりガラスに映ってたぞ。いいから中に入れ」
そう言って扉のガラス部分を叩くと、私の返事を待たずに部屋の奥に引っ込んでしまったので、私も覚悟を決めて中に足を踏み入れる。
初めて入る準備室の床や棚には画材や石膏像などが乱雑に置かれていた。扉から先生の机までなんとか細い動線が死守されているが、どこか一部でも崩れればあっという間に埋まってしまいそうだ。私は物にぶつからないように、慎重に足場を探して進んだ。
和田先生は机の上から目当ての物を摘まみ上げると、私の目の前に突き出した。
「これ、葉山の忘れ物だろ」
それは昨日回収し忘れたお守りだった。これがなければ絵を見ることも、あんなひどいことを優奈に言うこともなかったのに。紐が切れたお守りを私は複雑な気持ちで受け取った。お守りに視線を落としていると「それと」と和田先生が話し出したので、思わず体に力が入り肩が揺れた。
「昨日は悪かったな。さすがに言いすぎた」
「……え?」
また昨日のことで何かキツイ言葉を言われると覚悟していた私は間の抜けた声を上げた。ポカンと和田先生を見ると、「お詫びにこれ葉山にやるよ」と何かを取り出した。
私がなかなか受け取らずにいると、早く受け取れとばかりに右手に持っている物を揺らしている。私は慌ててお守りをポケットに入れると手を差し出した。そこにそっと、軽くて丸いものがのせられた。
「……たまごの殻?」
渡されたのはおしり部分が割られたたまごの殻だった。中を覗き込んでも何も無く、本当にただの白いたまごの殻。ただ表面はなんだかデコボコしていた。
「これが何なんですか」
困惑していると先生は机からペンライトを取るとスイッチを入れ、私に差し出した。
「殻の穴にこのライトを入れて見ろ」
ペンライトと先生の顔を交互に見て詳しい説明を求めてみたが、これ以上の説明をする気はないようだ。仕方なく言われた通りにライトをたまごの穴に入れる。そして広がった世界に息を飲んだ。
そこには空と陽の光に染まる街並みがあった。
さっきまで真っ白な殻だったはずなのに、ライトに照らされて幻想的に浮かび上がっている。ゆっくりと殻を回すとその街並みも表情を変えた。夕暮れにも朝焼けにも見える不思議な光景だった。
私は瞬きをするのも忘れ見入っていた。
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