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「どうだ? なかなかのもんだろ」  突然声をかけられ、夢から醒めたように現実に戻ってきた。顔をあげると和田先生が満足げな顔でこちらを見ている。今更ながらに夢中で見ていたのが少し気恥ずかしい。私は小さく頷くと顔を隠すように俯いた。 「殻を削って陰影をつけてるんだ」  そんな私に構わずに和田先生はそう言った。言われてみると先程の凹凸は彫刻の痕だ。和田先生が先日まで作っていたのはこれだったのだ。 「美術部の奴には卒業の時に毎年渡してるんだ。葉山は仮部員だったってことで特別な」 「こんなにすごいの、本当に貰っていいんですか」 「葉山にって作ったんだから、受け取ってもらえなけりゃ捨てるしかないな」  捨てる動作をする和田先生に慌てて殻を遠ざけると笑われてしまった。からかわれたと分かりムッとする。   「でもどうしてたまごの殻なんですか?」 「卒業のことを巣立ちともいうだろ。殻を破って未来に向かってはばたいていく。そんなお前達が途中で悩んだりつまづいた時に、過去に置いてきたものにも大切なものがあるって思い出してほしくてな」 「意外とロマンチストなんですね」 「芸術家なんてロマンを追ってないとできねぇの」 「はばたいていくから、空なんですか?」 「いいや。図案は一人一人違うからそれは葉山専用。葉山は空が好きなんだろ? 美術室にいる間中暇さえあれば空を見てたからな」  知らぬ間に観察されていたらしい。それに空を好きだなんて意識もなかった。驚いていると和田先生は続けた。 「葉山はさ、高跳びが無くなった自分には何も残っていないと思ってるんだろ。特にお前は結果も出してたし、怪我で突然引退なんてそりゃ受け入れられないわな。俺みたいに才能がなかったって諦めたのとは違うから余計にな」 「えっ」  突然の言葉にも驚いたし、慰めるようなことを言われたのも意外だった。先生も夢を諦めたのだというのも。 「お前らより年食ってるんだから、そりゃ挫折の一つや二つあるさ。俺も昔は画家として絵だけで食っていけるって根拠もなく信じてた時があった」  どこか遠くを見て和田先生は苦笑交じりに言った。 「でも、美大に行ったらそんな考えが甘かったってすぐに分かったんだけどな。本物の天才って奴がいたんだ。まあそれで、色々あって教師になったんだ。俺の話はいいとして、例え夢が破れても本気で取り組んでいればいるほど、そこには残るものがあると俺は思ってる」 「……でも、私に残ったものなんて」 「そんなにすぐ答えを出すな。一つの夢が終わったって、次の夢に繋がってるかもしれないだろ? 例えばそのたまごだって中身を使ったあとの残りだ。何も考えなきゃただのゴミになる。でも土に混ぜれば花を咲かせる肥料になるし、こうして手をかければ誰かを誰かを楽しませる美術品にも出来る。時間はかかるだろうが跳べなくなっても高跳びはお前の一部なんだから、全部を否定なんてするなよ」  私は手の中のたまごに視線を落とした。私次第。そんな風に前向きに考えることが出来るだろうか。 「それと年寄りからのアドバイス。早めにちゃんと話を聞かないと余計こじれて後悔するぞ」  後ろを指さされ振り返ると、入り口の扉に見え隠れする頭が見えた。
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