悪夢

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悪夢

理沙は幼い頃の夢を見た。忘れたくても忘れられない、あの日の夢を。  小学3年生の冬のこと。理沙は幼なじみで片想いの相手でもある悟と、土手の下にある土地で遊んでいた。  誰かの私有地という感じでもないし、広場とはまた違う。近くに川があるのだから河川敷と呼んでもいいのかもしれないが、整備されていないここを、河川敷と呼ぶのは、本物の河川敷に申し訳ない気がした。  だからふたりは、この場所を土地、もしくは土手の下と呼んでいる。  背の高い雑草の上に、蔦の植物が広がって出来た枯れ草のドームがたくさんあるこの場所は、子供の好奇心を満たすには最適の場所だ。だが、ここは子供が少ない田舎。この地区に子供は理沙と悟しかいない。  校則で子供だけで自分の地区から出ることは、禁止されている。なので必然的にふたりはよく一緒にいる。  枯れ草ドームがたくさんあるこの土地で、ふたりはごっこ遊びをしたり、かくれんぼをしたりして遊ぶことが多かった。この日はかくれんぼをしていた。  理沙が鬼で、1番大きい枯れ草ドームの中で、30数えた。10秒だとだいたいどのへんのドームに隠れるか分かってしまうので、30秒にしようとふたりで決めたのだ。 「28,29,30!」  30数えた理沙は、近くのドームから手当たり次第探す。数日前、鬼の拠点となる巨大ドームから離れた場所ばかり探して見つからなかった時、悟はすぐ近くのドームに隠れていて、降参した理沙に「灯台下暗しってことわざ、国語の授業でやってただろ」と馬鹿にされた。  そのことを根に持ち、近場から探すことにした。 「悟くーん、どこー? 悟くーん!」  名前を呼びながら、ドームをひとつひとつ覗いていく。  ドームと言っても、自然の産物。出入り口など始めからあるわけではない。そして、すべてがひとつひとつになっているわけでもない。  奥のドームまで隠れられたら、なかなか見つからない。暗くなる前に見つけて一緒に帰らないと、それぞれの両親に怒られてしまう。  よく目を凝らして、調べていく。 「悟くーん!」  ほんの少し、暗くなってきた空に不安になりながら、悟を探す。 「ねぇ、暗くなってきたよ。怖いよ」  泣きべそをかきながら悟を呼ぶが、彼は出てきてくれない。いつもなら、「仕方ないな、理沙ちゃんは」と出てきてくれるはずなのに。  不安は徐々に積もっていく。 「お願い悟くん! 出てきて!」  理沙の声に応えるように、ガサガサと枯れ草の音がした。理沙は急いで音がした方へ駆け寄る。音を頼りに、奥へ続く道を曲がった。 「え……? 誰……?」  黒いスーツを来た大人が、こちらに背を向けてしゃがんでいる。男は振り向き、ニタリと笑う。目元は不自然に塗りつぶされていて顔は見えないが、不気味な口元はよく見えた。  恐怖のあまり、理沙はその場から動けなくなってしまう。  知らない大人が怖いんじゃない。彼の頬についた返り血が怖いんじゃない。  狂気。優しそうにも見える笑顔に滲み出る狂気が怖かった。 「これ、君の友達?」  男は立ち上がり、理沙に一歩近づく。手には赤黒い塊。むせ返るような鉄臭いにおいに、吐き気がする。 「あぁ、ごめんごめん。これじゃ分からないか。これだよ」  男は球体の何かを、理沙に向かって蹴り飛ばした。思いっきり蹴ったように見えたが、球体のそれはそれほど勢いはなく、コロコロと理沙の足元に転がった。 「悟、くん……?」  そう、それは悟の生首だ。恐怖で濡れた目が、理沙を見つめている。 「お嬢ちゃん」  顔をあげると、男の顔がすぐ近くにある。  次は自分が殺される。逃げないといけない。頭では分かっていても、体はちっともいうことを聞いてくれない。せめて目をそらしたいのに、眼球は男を見つめたまま、動いてくれない。
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