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ユタの様子が変わった。人間が、卵のある部屋の前に立ったのだ。
人間はゆっくりと、部屋の入口を調べようと手を伸ばした。胸が張り裂けそうになる。
ササササ……
気が付くとユタが姿を表し、人間の方へ走り出した。自分がおとりになり、卵のある部屋とは逆の方に誘導させようとしたのだろう。
「キャー! ゴキブリー!!」
この言葉の後に生きていた者を見たことがない。
「ユタ、逃げろ!」
言葉と同時に、私は豪快な羽音を立てて、人間の頭の上を一週した。ユタの姿が消えたのを確認して、そこから窓の方へ向かった。
突然、目が眩んだ。雨のような液体を体に浴び、目が開かなくなった。そして、体全体が麻痺し、床に叩きつけられた。
乱暴に体が持ち上げられ、呼吸もできなくなった中で、昔の記憶が呼び起こされる。
昔は、とても古い大聖堂に住んでいた。その頃、私は父親になったばかりだった。卵から生まれたばかりの妖精の子供たちの部屋が、人間に見つかって薬が巻かれた。姿を人間に見られた事に気付かず、尾行された者がいたのだった。
その場にいた子供たちを始め、同じ部屋にいた仲間の妖精も全て死んだ。私が留守中の出来事だった。
あの悲劇が繰り返されないよう、それだけを使命に必死で生きてきた。闇の中で、ひっそりと希望の炎を灯して生きてきた。その炎は、次世代へ受け継がれていくだろう。それゆえ、我々が滅ぶことは無いのだ。
最後くらいは、強がりたいと思いながら、部屋の向こうの卵たちに後ろ髪を引かれた。
(了)
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