第一科目 現代社会

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授業を終えトイレに向かおうとすると、背後から声をかけられた。 「ねえ君、またクレームが入ったんだけど」 声の主は灰野実塾長だった。美人の奥さんに二人の子供と、その小太りの外見からは想像出来ないくらいの勝ち組である。割と穏やかな性格であるため、周囲からは比較的慕われている。しかし俺からしたら全く尊敬出来なかった。なぜなら中堅私大の法学部出身で、今までろくに勉強したことがない癖に塾講師を生業としているからだ。 「く、クレームですか?」 「ほら、例の中三の子だよ。直前期なのに全然成績が上がらなくて、親御さんからクレームが来ているんだ。このままじゃ、志望校合格は無理だから他の塾に行くって。もっとわかりやすく指導してあげてよ」 「で、でも彼は正直やる気がなくて…こちらも手は尽くしているのですが」 その生徒は中学三年生で受験を控えているにもかかわらず、まともに勉強しない。いくら俺が抗議しても、生徒側がやる気を出さなければ意味がない。このことを無視してクレームを入れる家庭のなんと多いことか。塾側ももっと毅然に対応すべきだと個人的に思っている。 「そんな言い訳していないでさ、頼むよ。成績を上げるのが塾講師の仕事でしょ?」 「は、はあ」 中堅私大卒の癖に、難関国立大出身の俺に指図するなと心の中で思いながら頭を下げる。そう言われても、彼にやる気がないのだから仕方がない。宿題を与えたのにやってこない、授業をまともに聞いていないのだから。こちらに責任を押し付けるのはやめてくれと言いたいところだ。
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