第一科目 現代社会

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ふと腕時計で時間を確認すると、夜の十一時になろうとしていた。やっぱり忙しいのかな、と思ったそのとき、背後から声が聞こえた。 「ごめんごめん、待った?」 俺は振り返る。そこには赤田蓮が立っていた。彼は高校の同級生で、そこからの長い付き合いだが、昔から変わっていない。東大法学部を卒業後、今では誰もが知る大手企業に勤務しているようで、スーツ姿が俺よりもずっと似合っている。休日明けから海外出張、それも同期の中でも最速で任命されたため、そのお祝いというわけだ。 「いやいや、大丈夫だよ、俺もさっき来たところだし」 「お互い明日は休みだし、ぱーっと飲むか!といっても、まだ荷物の準備が終わっていないんだけどな」 「おいおい大丈夫かよ?」 「まあな!」 赤田は笑いながら返事した。俺は明日仕事だが、場の雰囲気を壊したくないため、言わないでおいた。何より今日は彼との夜を楽しみたかった。店内に入り、仕事のことや昔の思い出のことなどを話していたが、彼は唐突に妙な質問をしてきた。 「そういえば、一か月程前に起こった官僚が殺された事件、覚えているか?」 「ああ…まだ犯人が明らかになっていないアレだろ?」 今から約一ヶ月前、郊外のビジネスホテルで官僚が何者かにナイフで刺されて殺害される事件が発生した。殺害現場はホテルの客室で、一向に起きてこない被害者を不審に思った支配人が様子を見に行ったところ、死体を発見したようである。防犯カメラの映像を調べた結果、犯人は警備員に変装してホテルに侵入したことが判明したが、帽子を深くかぶっていたため顔が分からず、今も犯人は捕まっていない。 「色々と疑惑がかかっていたのもあって、捜査にはかなり慎重みたいだ。マスコミには全然情報が来ないし、何なら現役官僚が殺害された事件にもかかわらず、警察の中でも一部しか捜査していないらしいぞ。何なら秘密事項になっているらしい」 「おいおいマジかよ」 何年も前に妻を交通事故で無くして以来、小学生の息子を育てるシングルファーザーとして奮闘していたようだ。その姿は好評化に繋がった一方で、色々と黒い疑惑もあった。そのため表立って捜査するわけにはいかないのだろう。 「そうそう。それとさ、一週間前に大物ママタレントが通り魔にあって殺された事件もあったじゃん。この二件って絶対に繋がってると思うんだよね」 彼女は三児のママとして有名で好感度も高いタレントだったが、先日通り魔によって刺殺された。こちらも犯人はいまだに捕まっていない。 「繋がっているって、なんで?」 「ネットの掲示板に書いてあったんだよ。殺害に使われた凶器が同じ形状だったうえに、二つの現場に同じものが置かれていたってさ」 「でも、あくまでネット上の情報だろ?」 「まあ、そうなんだけどさ。まとめサイトに書いてあっただけだし。でも何となくとはいえ、そう思ってしまうんだよなあ」 俺もインターネットはよく使うが、ほとんど学歴関係のスレや動画のコメント欄などでレスバトルをすることにしか使っていない。しかし賢い人の直感というのは馬鹿に出来ない。その後は他愛ない話が続いた。ネットで話題になったゲームの話を彼から聞いたり、高校時代の友達が結婚した話で盛り上がったり、互いの仕事に関する愚痴を言ったりした。楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、日付が変わったところで解散となった。幸い互いに家が近いため、終電を逃して帰れない、という羽目にはならなかった。俺は明日の仕事に対する憂鬱な気持ちと共に、帰路についた。 明日から惨劇が俺の身を襲うとは、夢にも思わずに。
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