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その屋敷に住んでいる主はどんな願いも聞き届けてくれる。
誰がそんなことを言い始めたのかは分からない。けれども、それが本当なら。その一心で娘は森の奥へと歩みを進めた。
その屋敷は森の奥深く、幸運な者しかたどり着けないという。しかし、娘がどれだけ歩いても、それらしきものは見えない。
「もうだめか……」
諦めかけたその時。
急に視界が開けて、立派な屋敷が現れた。
大きな門をくぐり、様々な美しい花が咲き誇る庭を抜けてようやく屋敷の扉の前に立ち、震える手で扉をノックした。
「どなた?」
扉を少し開けて、顔を覗かせたのはとても美しい女性だった。
「こんにちは。このお屋敷に住んでいる方がどんな願い事も聞いてくれと言う噂を耳にして……」
「あら、そうなのね。どうぞ中に入って」
屋敷の中はとても広く、置いてあるものすべてが今まで見たこともないような高価そうなものばかり。
大きな鏡に自分の姿が映った。娘は急に恥ずかしくなった。
自分が着ている服は姉たちが着古した、汚れも目立つボロボロの服だからだ。
隣を歩く女性はきれいなドレスを着ている。
ずるい……
娘はそう思った。
私は新しい服に袖を通したこともなければ、こんなにきれいなドレスを見たことも着たこともない。
不公平だ、と。
廊下を少し歩いて、女性はひとつのドアを開けた。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、あの……」
「どうぞ、座ってください」
ソファに腰かける。
「このお屋敷の……」
「この屋敷に住んでいるのは私だけなので」
「どんな願い事も叶えてくれるのですか?」
女主人は柔らかく微笑む。
「あなたにはどんな願いがあるのかしら」
娘は今までため込んでいた思いをぶちまけた。
家が貧しく、食べることにも困っていること。姉たちにこき使われていること。
「それで、あなたはどうしたいの?」
「もう、貧乏は嫌です。姉たちに虐げられることも」
「そうね……」
少し考える素振りをした女主人は「ちょっと待っていて」と言い、部屋を出て行った。
ひとり部屋に残された娘は改めて部屋の中を見渡した。
部屋中に様々なものがあった。
牡鹿のはく製が壁にかかっており、テーブルの上には銀の燭台に銀の皿。
金色の棚にはたくさんの宝石をあしらったアクセサリーが並んでいる。
大きな花瓶には赤いバラの花がたっぷりと活けてあった。
ああ、なんて贅沢な暮らしをしているのだろう。そんなことを思っていると女主人が戻ってきた。
手にしていた袋をひとつ娘に渡した。
「これをあなたに差し上げます」
受け取った娘は袋を開けて中を覗いた。
「これ……」
中身は銀貨が三枚。
「そんなに多くはないけれど」
呆然としている娘。
「――これだけ」
「……」
「こんなにも豪華な暮らしをしているのに、これだけですか? 私は生まれてから、ずっとつらい思いばかりしているのに! 宝石だっていっぱいあるじゃないですか!」
柔らかい笑みを浮かべていた女主人が目を細める。
「ではその宝石もどうぞ」
「どれでも?」
「ええ。どれでも、お好きなだけ」
それを聞いて娘の表情が変わった。
そして、ほとんどの宝石を手に取って帰ろうとしたその瞬間。
まばゆい光に包まれ娘は砕けた。
どこからともなく鶏が現われ、粉々に砕け散って床に落ちた娘の欠片をパクパクと一心不乱に食べている。
女主人がそれを見ていると、ピーっと甲高い音が鳴り、銀色のケトルが、湯が沸いたことを知らせた。
お気に入りのポットとティーカップをテーブルに並べ終わると、鶏はひとつの卵を産み落としていた。
淡いピンクと水色のマーブル模様の卵。
卵を割ってみると、殻と同じ、淡いピンクと水色の星の欠片がたくさん溢れ出てきた。
それを一粒摘まんで口の中に含む。
優しい甘さと少しの苦味が口の中に広がって、ほろほろと、溶けていった。
欲深い人の子。
そのまま、銀貨を手にして帰ったならたくさんの祝福を与えてやろうと思っていたが……。
どちらでも構わなかったが、最後にはこんなご褒美があるのだから欲深い人間に付き合ってやるのも悪くない。
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