GRAFTING~接ぎ木の記録~

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 電子音が間を置いて連続的に響いている。たぶん、一定の間隔で。  意識が浮上してくると、自分の周りに何人もの人間がいることが分かる。皆、静かに時折一言二言を小声で交わしながら、それぞれに動いていた。  自分は寝ている。布団らしきものを被って。意識がはっきりしてくると、ここがどこなのか気になった。  重い目蓋をゆっくりと開く。随分開いていなかったようで、目蓋が開けづらい。貼り付いていた上下をどうにかこじ開けると、真っ直ぐに白い光が視界に入り、反射的にぎゅっと目を閉じた。思わずこぼれた小さな呻きに、周りの視線が一気に集まったことを肌で感じ取る。   「XXXさん、目が覚めましたか?」    呼ばれた。けれど、名前がよく聞こえない。   「XXXさん?」    別の声がまた呼ぶけれど、やはり名前が聞き取れなかった。何と呼ばれたのだろう。自分の名前なのだ、おそらくは。でもそれが本当に自分の名前なのか、判断がつかない。   「……ま、ぶし……」    目が開けられないのだと訴える。カサカサと喉が渇いて上手く声が出ない。   「ああ、眩しいですか。電灯の角度変えて」 「はい」  後半は自分以外へ向けられた声だった。女性同士が会話をしている。  室内の明るさは変わらないが、直接目蓋を射す光が逸れたので、再び目を開く。ぼやけた視界に、いくつもの丸い影が浮かび、その数に応じた視線が降り注いでいた。 「どこか痛いところはありますか?」  さっきとは違う、今度は男性の声が問い掛ける。  痛いところ、を探る。身体が上手く動かない。そう、だから眩しくても目を塞ぐことが出来なかった。動かないが、感覚がないわけではない。痛むところはない。 「っ、い……っ!」  そう答えるために顔を向けようとして、鐘で殴られたような痛みに仰け反った。頭の中が鈍器で殴られ続けている。自分が金属の塊になったように、内側に反響して耳が飲み込まれていく。周りを囲む声が、何を言っているのか聞き取れない。 「XXXさん!」  名前、が、分からない。  腕に小さな痛みを感じ、意識は再び暗闇に沈んでいった。  次に目を覚ましたとき、目はスムーズに開いた。まるで顔を洗ったように、目の周りがさっぱりしている。すぐに一人の女性が脇に立った。看護師であることが服装から分かる。腰の辺りから見上げる視界に、自分がベッドに寝ていることも察する。 「佐藤さん、目が覚めましたか?」  すべてを白に囲まれた部屋に響く、穏やかな声。一人、また一人と白い服装の人がカーテンの内側へ入ってくる。 「良かった。どこか痛いところはありますか?」  医師らしい白衣の男性は、さっき意識が落ちる前に問い掛けて来た人間だ。今度はしっかりと首を左右に振った。腕に力を入れてみると、拍子抜けなくらいあっさりと上がった。布団がめくれ、腕の上から落ちる。 「異常なし」 「はい。佐藤さん、今ご家族の方をお呼びしますからね」  さとう。名前……?  看護師に支えられ、身体を起こす。  眉を寄せていると、看護師が医師の袖を引き、二人揃って覗き込んできた。思わずびくりと上半身を引く。 「佐藤さん?」  もう一度呼ばれた。首を傾げていると、今度は医師だけが顔を寄せる。 「ご自分のお名前、言えますか?」  聞かれていることを脳で反芻し、「さとう……?」とさらに首を傾げた。そう呼ばれていたから答えたけれど、自分で口にしてもそれが自分の名前である実感がない。 「では、年齢は?」  年齢。自分の……。俺の、歳……?  黙ったままでいると、医師はベッド下から椅子を引き出し座ったあと、改めて向き直った。  診断は、記憶喪失。おそらく一時的なものだろう、と言われた。  先生に教えられた名前は、佐藤哲太。二十三歳。  交通事故に遭い、奇跡的に怪我はなかったけれど、頭を強く打ったらしく意識が戻らなかった。事故の日から約一ヶ月寝たままで、一度目を覚ましたのが昨日。すぐに意識を失い、今日に至った。  それが医師からの説明だった。  今、目の前には知らない女性が座り、赤い目元をハンカチで押さえている。 「本当に、良かった……全然目を覚まさないもんだから……」  母親らしい穏やかな声と、心から心配している眼差し。母親だと、看護師が教えてくれた。記憶喪失であることは伝えられているらしいけれど、向こうも動揺しているのか、普通に「母親」としてそこにいる。 「……記憶は、すぐに戻るって。良かったわね。あぁ、静香さんも明日来るって言ってたわ」 「しずか……?」 「あ、そうよね……。あなたの恋人よ。大学の頃からお付き合いしてる」 「彼女……」  名前を聞いても、恋人と聞いても、顔も声も浮かばなかった。恋人と聞いて連想するデートや会話はあっても、それを自分の視点として想像ができない。 「疲れちゃった? 母さんも今日は帰るわね。ゆっくり寝なさい」 「うん。ありがとう……」  目の前の女性を呼ぼうとして躊躇する。本人が「母さん」と言っているのだから、きっとそう呼んでいたのだと考え、「母さん」と付け足した。  母さんは、少し嬉しそうに目を細めた。
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