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恋するたまごたち
靴は新しく買ったスニーカー。
基本は白で何本か虹色のライン。
カバンは小さくていい。
スマホとカード入れ。少しの小銭。
リップは絶対に必要。
えっと、髪は短いから艶がでればそれでいい。
そのかわりイヤリングはクリスタルで大きめ。
揺れてる感じが好き。
ネイルは薄いピンクにして、と。
やばい。はみだした。
…気づかれませんように。
「明日の土曜、そっちに行くよ」
久しぶりのメールに夜中、気がついた。
りょうちゃんに会うのは1年ぶり。
転校していった大事な。
「駅まで迎えに行くね」
返信してからずっとドキドキしている。
このドキドキはなんだろう。
ワクワク?それも合ってるような気がする。
とにかくこの気持ちは私を寝不足にするには充分だった。目覚ましが鳴るずっと前から(というか夜中から)寝られなかった。
りょうちゃん、どんなふうになっているかな。
想像してにへへと笑う。
だらしない顔をしているに違いない。
こんな顔、りょうちゃんには見せられない。
キリリとしなくては。
*
「りょうちゃん、ひさしぶり!」
手を振って自分に駆け寄り微笑んでくれるその姿を丸ごととっておきたい。
髪もネイルもすべて、自分のためと思うとより愛おしくなる。
美琴は同い年の幼なじみ。
保育園から一緒にいて、去年、親の転勤で自分が引っ越した。感染症の影響もあってなかなか会えずに1年たってしまった。
「美琴、変わんないねっていうか可愛くなってる」
「りょうちゃんもね! かっこよくなってるよ」
するりと自分の腕に腕を絡めてくる仕草。
誰と練習しているんだろう。こんなに自然に。
胸がチクリと痛む。
「おばさん、おじさんは元気?」
「うん!すっごく。お父さんたち待ってるよ、うちに来るでしょ?」
「いいの?」
「もちろんだよ!」
二人で腕を組んで歩く。どんなふうに見えているのだろう。周りの目なんか気にせずにいたい。本当は。
*
「ひさしぶりね、りょうちゃん。お父さんたちはお元気?」
「はい元気です、今日もお土産を預かってきています。どうぞ。母が行きたい!って結構直前までごねてまして。パートあるから無理なのに」
「まあまあ、また来てちょうだいねってメールしておくわ」
「お母さんもういい? りょうちゃん、私の部屋行こうよ!」
ぷうっと頬を膨らませて美琴が誘う。ぐいと手を引かれて立ち上がる。そのままの勢いで美琴の両親に頭をさげた。リビングから二階の美琴の部屋へ階段をあがる。
「久しぶりすぎてりょうちゃんの匂い忘れちゃったよ! 補充させてー!」
部屋に入るなりしがみつかれベッドにダイブした。すりすりしてくる美琴の匂いこそ久しぶりで懐かしく、ドキリとする。無邪気な美琴が可愛くてされるがままになる。
「あれ? いいの? 彼氏できたんじゃないの?」
冗談まじりで聞いてみる。
「ああ。あれはね、うそ」
「うそ?」
「カモフラージュ」
「カモフラージュ?」
すると美琴はぶんぶん首を振って、おしまい!と言うようにチラッと舌をだした。
「好きな人とずっと一緒にいられるように、カモフラージュ」
楽しげな声だからそれ以上聞けなかった。
じゃあ今、この状況はなんだろう。
ベッドでこんなにもくっついて。
まあ。
どうやったってこれ以上にはならないし、なれない関係だから……何か言える権利もないし。
「りょうちゃん? どうしたの? 難しい顔してる」
隣で寝転んで不思議そうな顔で覗き込んでくる。この目には弱い。思わずぎゅっとしたくなる。……しないけど。できないけど。
何も答えない自分に美琴が呟く。
「変なりょうちゃん。あ、今日はね、下着も新作なんだよ? 見る?」
無邪気な、と形容すればすべて許されると信じているような顔と声。ああ許す。全部許すから神様、自分が美琴をどんな目で今、見つめているのか教えてください。赦してください。
子宮が疼くことも、なにもかも。
*
「眠いよう」
私はぼそりと呟き睡魔の誘惑のまま目を閉じた。だって昨日、りょうちゃんに会えることが楽しみで楽しみで寝られなかったから。
眠りについたような、まだのようなフワフワした心地よさ。目を閉じる私の横でギシッとベッドが揺れるのがわかった。髪に触れられているのもわかった。
でも。
それだけだった。
もう少し触って。もう少し近寄って。もう少しもう少し。隙間なんかないくらい、ぴったりくっついて。キスをして。
ずっと一緒にいたいの。
考えただけで私の子宮の中の、たまごが囁いてくる。『もっと欲しい』って。
けれど願いも虚しく、りょうちゃんがそのまま遠ざかる気配がした。
*
「寝ちゃってごめんね? またきてね?」
「ん。気持ちよさそうだったから起こさなかっただけ。可愛い寝顔だった」
「写真撮ってくれた?」
「なんで知って……あ」
私は慌てて右手で口を塞いだ。
待ち受けにしたこともバレているだろうか。
いや。
ありえないことなのだから、気づかれないだろう。
「りょうちゃん。私、りょうちゃんのこと大好きだから。ずっと一緒にいたいの」
「…彼氏、いるんでしょ? 彼氏に言いなさいそういうことは」
自分で口にして自分で苦しくなった。
女の私には、なれない。
『彼氏』というポジション。
眉に力が入るのがわかる。苦しいと言えないからだ。言いたい。言えない。苦しいとも言えない。隠さないといけない。
美琴の瞳の奥が揺れた。そしてきらりと光る。
「それカモフラージュよね。涼子ちゃんも、私を大好きなことは、みんなに隠すのね?」
確信に満ちた甘い響き。
私をとらえてはなさない、その。
*
「りょうちゃん? 涼子ちゃんってば。もう遅くなるから帰ったほうがいいんじゃないかしら? お母さんたちが心配されるわ」
階下から聞こえたその声を合図に。
美琴が私の身体を前方からぎゅっと抱きしめていた手を、緩めた。そして私の耳元に口を近づけ囁く。
「りょうちゃん、胸が少しおっきくなってる。今度旅行に行こう? 一緒にお風呂、はいろ?」
下からの上目遣い。
この目をされたらもう。
『彼氏がいるんでしょ?』なんて言葉では自分を騙せない。
『ーー』
私はかすれた声で呟いて、美琴の身体を抱きしめた。
美琴が満足気に口元を綻ばせて。
そっと私に口づけた。
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