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河野せせらぎ。それが、明日会う大切な人の名だ。おそらく、というかほぼ確実に本当の名前ではないが、私にとってその人は<河野せせらぎ>以外の何者でもない。
彼女なのか、彼なのかさえもわからないけれど、そんなことは特に大きな問題ではないと思っている。
私はどん底にいた時、ネット小説の海に沈み込むかのように潜り続けていたのだが、その時に出会い、暗雲を晴らしてくれた、いわば人生の恩人であるという事実だけで十分だ。
光る川面のように眩しくて、せせらぐ水の音のように心地よい、そんな言葉たちで綴られた物語は、きっと心の綺麗な人にしか書くことはできない。
だから、会ってみて相手が怖い人だったらどうしようとか、そういう類の心配はしていない。
どちらかといえば、問題は長く引き篭もり生活を続けてきた私のほうにある。
ろくに運動をしてこなかったせいで肥えてしまい、元々持っていたお洒落着はみんな袖を通せなくなってしまっていた。
そのため、私は今日、心配と喜びのはざまで複雑な顔をしている母と、無関心な父の背中に見送られ、久しぶりに太陽の下に一歩を踏み出したのだった。
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