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やがて出発の時刻がやってくると、私はまた足早に駅を目指し、電車に乗り込み、小説の同じ場面を何度も反復しながら都心へと旅立った。
やっと会える。きっと会える。
揺れる車両の中、聞き覚えのある声が聞こえたような気がしたが、私の心は揺るがなかった。
彼氏持ちからいじめられっ子に転落した<豊松花音>は今、河野せせらぎさんの一番のファンであり小説仲間である<綾瀬かなた>という見えない鎧で武装しているのだ。
会いたいが溢れてもはや無敵の感覚になっていた私は、アナウンスと共に颯爽と開いたドアから駆け降りると、スマホのナビを頼りにしながら私の好きな物語と同じ名を冠した喫茶店を目指した。
「喫茶センジュ……ここだ!」
時計を見ると、時刻は12時25分だった。相手はもう到着して店内にいるかもしれないし、まだかもしれない。中と外、両方に存在しうる可能性に挟まれ、扉の前で私はどっと押し寄せる緊張に襲われた。
このまま動かないでいると不審だし、とにかく入ってみるしかない。
私はバクバクと音を立てる心臓を宥めながら、勇気を振り絞ってドアを押した。
カラン、カランと鈴が鳴り、店内に入ると、私以外には一人も客がいなかった。
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