一章 高遠千秋

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 ほんの少しだけ犯人たちに思いを馳せていると、久留米律が小さく笑った。 「高遠さん、いろいろ考えてるんだね」  その言い方が少しだけ癪に障り、「平気な顔してるからって、何も考えてないわけじゃないよ」と返してやった。 「それは久留米だって同じでしょう?」  私の問いかけに、久留米律は「まあね」とあっさりうなずいた。 「店長はそんなに店が大事だったのなら、従業員も大事にしとけよって思うし、犯人は犯人で暴力をふるわれたのなら、殺す前にまず警察行けよって思うし。なんなら今はSNSがあるんだから、そこで暴露して、拡散からの炎上コースでもいい」 「突然ってのはね。ちょっとやりすぎだよね」 「でも魔が差すと、そういうの全部ぐちゃぐちゃになるのかもな、とも思う。矛盾した行動ばかりを起こしてしまうというか」 「……なんかしんどい」 「うん。すごくしんどい」  それから、私たちは示し合わせたようにぴたりと黙った。  ちらりと久留米律の顔を窺ってみると、少しだけ険しい表情を浮かべていた。きっと、私も似たような表情をしていることだろう。 「しんどい」という言葉とは裏腹に、平然と、そして冷静に事件のことを話す自分たちの薄情さに、改めてはたと気付いたのだ。  そして私たちは今、打ちひしがれている。 「薄情なのは、久留米だけじゃないよ」  強調するように私はもう一度言った。  だから、気にするな。 「……漫画やドラマみたいに、結託して犯人に立ち向かおうって提案する人、皆無だったな」 「現実ではそんな無謀なことしてらんないよ。久留米だって乱発恐れてたじゃん」 「人質になったとき、ぺらぺら喋ってる人なんて他にいなかったし」 「それはまあ、うん」 「俺たち、無神経すぎてマジで浮いてたよね」 「そういう言い方をされると、それはそれで何だかなぁ」  腕を組んで首を傾げる私を無視し、久留米律は饒舌に続けた。 「こういうのって、生い立ちというか境遇も関係してるのかな。うちの男は死と隣り合わせみたいなところあるし、高遠さんとこは代々霊関係が強いわけだしさ」  心配して損した、と苦笑しながら私は応える。 「確かに切っても切れないものはあるけど、うちで霊感が強いのは男だけだよ」 「ありゃ、そうだっけ」 「うん。なのに長生きするのは女。意味が分からないよね」 「男は早死にする久留米と、女は長生きする高遠。とんだファンタジーだよなぁ」  やはり久留米律もファンタジーだと思っていたらしい。  悲しくなるくらいすぐに死んでしまう久留米律と、うんざりするくらい長く生きてしまう私は、目を見合わせてどちらからともなく笑った。 「そうだ、兄貴生きてたよ。高遠さんにも一応報告しておきたいと思ってたから、ここで会えて良かった」 「そりゃあ生きてるでしょう。私は端から死んだと思ってなかったし」 「え、あれって俺を元気づけるために言ったものじゃなかったの?」 「違うよ」  生きることを、あっさりと諦めてほしくなかったんだよ。  かつて姉の不運な死を目の当たりにした私は、本当はそう続けたかった。  けれど口にすることは憚られたので、「私は本気で久留米はあそこで死ぬことはないと思ってたから」と言うにとどめておく。  これだって、決して嘘ではない。 「そっか」 「そうだよ」 「……ありがとう」  なんと。久留米の人間から面と向かい、礼を言われてしまった。  まさか、こんな日が来るなんて。  動揺する私をよそに、久留米律はへらっと相好を崩す。 「高遠の人には助けてもらってばっかりだなぁ」 「大袈裟だって」 「大袈裟なんかじゃない。高遠の人がいたから、俺は今こうして生きていられるんだ」  それは、これまでと一転し、思わずはっとしてしまうほど強い口調だった。おっとりとした彼が束の間に見せた変化に、私は思うところがあり曖昧に笑うにとどめておく。
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