一章 高遠千秋

3/53
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ
 それが起こったのは、大盛り上がりの新歓もいよいよ佳境へと差しかかった頃のことである。  ちらほらと「二次会どうする?」なんて声が聞こえはじめていたので、私は前もってお手洗いに行くことにしたのだ。入口近くにあるお手洗いは広々としていて、例に漏れず洒落ていたのは言うまでもない。用を足し、お手洗いを出た私は、すぐにみんなのもとには戻らず、がやがやとした喧噪に耳を澄ませた。その元気さにあっぱれとひれ伏したくなる。  それにしても不思議だ。  ついこの間までは否が応にも様々なものから護られていたというのに、大学に入学した途端これである。私は未成年で喫煙や飲酒をすることに対し、いけないことだと正義感を振りかざすようなタイプでは一切ない。しかし、いざ自分が煙草の煙で靄のかかった空間の一部となり、雑多に並べられた食べ物やお酒を前にしてみると、それはそれで居心地の悪さを感じた。思っていたより、自分は真面目だったのだろうか、と考える。  歓迎会も終盤に差しかかっているからか、みんなかなり出来上がっていた。 このまましれっと帰っちゃおうかなぁ。  新入生は参加費を払わなくていいと言われているし、自分がいなくなっても困る人はいないはずだ。同級生のあの子だって、楽しそうにしている。  良からぬ思いが脳裏を過ったとき、二人の男が店に入ってきた。  変なところで鉢合わせてしまった。そう思ったのは私だけではなかったようで、気まずさがその場に漂う。二人組はやや動揺の色を見せつつも、こちらをじっと観察してきた。なので、私も遠慮することなく見返すことにする。  片方は長身痩躯でどこか不健康そうな、もう片方は小柄で少し恰幅の良い、それはまさに絵に描いたような凸凹コンビであった。従業員ではなさそうだけれど、上級生にしては少し年がいってるような。あっ、でも大学だから何歳の人がいてもおかしくはないのか。今日は映画研究会の貸し切りだというし、彼らもまたサークルOBという可能性だって無きにしも非ずだ。だったら挨拶したほうが良いのかもしれないけど、タイミング逃しちゃったしなぁ。  悩む私に対し、彼らはどこか憐れむような表情をぶつけてきた。  ……何故、そんな目で見る?  首を傾げた次の瞬間、長身の男は肩から提げていたボストンバックのなかから何かを取り出し、それを天井に向かって掲げた。つられて、私も目線を上げる。  プラスチックでできた、おもちゃ?  再度首を傾げた次の瞬間、それは大きな音を立てて弾を放った。  楽しい楽しい新入生歓迎会が、地獄へと様相を変えた瞬間だった。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!