一章 高遠千秋

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 人質となった歓迎会の参加者と店の従業員たちは、パーティールームと呼ばれる一番大きな部屋へと詰められた。人数はそこそこいたものの、必然的にみんなが身を寄せ合うかたちとなったため、部屋には余裕で全員が収まった。 「大人しくしてたら何もしねぇけど、少しでも変なことしたら容赦なく撃つからな。ここから逃げようと思うなよ」  テンプレートな脅し文句とともに扉が閉められた後、大きな物を引きずるような鈍い音が聞こえてくる。逃げられぬよう、バリケードを張られたのだろう。  男たちの言葉を忠実に守っているのか、はたまた恐怖に怯えているのか。みんなは静かにし、少し前までのどんちゃん騒ぎは幻だったのではと疑わずにはいられないほど、室内の空気は張りつめていた。  スマートフォンをはじめとする電子機器は全て没収されてしまったものの、手足を拘束されなかったのは不幸中の幸いといえたかもしれない。これで身動きさえもとれなかったら、絶望感はさらに増していたことだろう。  それにしても最初の発砲からここに至るまで、男たちの行動には一切の無駄がなかった。電子機器の没収だけでなく、逃げ道封鎖の抜かりなさや見張り役と実行役の連携っぷりなど、そのどれもが完璧だったのだ。これが計画的な犯行であることは間違いない。  ここへ移動をする際、従業員たちが口々に「どうして」「何故」と洩らしていたことから、犯人たちはこの店の関係者である可能性が高いだろう。 人質の中で唯一、店長だけがここに連れて来られなかった。  ということは、あの二人は店長に対して恨みがあるのでは?  つらつらと推測を続けていると、発砲音と尋常でない物音が続けざまに扉の向こうから聞こえてきた。身体中にびりびりと地鳴りのように響き渡るそれに、ただならぬことが起こったのだと誰もが察したに違いない。  見えないからこそ、あることないことを考えてしまい、募ってゆく恐怖というものがある。  必至に堪えて、ギリギリのところで保ってきたみんなの何かが、ここでぷつんと切れてしまったのは明らかだった。  声を押し殺して泣く人、過呼吸に陥りかけている人、祈るように手を合わせている人。  人質たちの反応は様々だった。  制御できない恐怖は瞬く間に人から人へと伝染し、勢力を増していく。  もちろん、私も怖かった。  心臓だって早鐘を打っている。  ……それでも、他の人たちに比べるとずっと冷静でいられたのは、間違いなく自分の持つ〝とある境遇〟によるものに違いなかった。  この私がこんなに早くに死ぬはずがない。  そう強く思っていたのだ。  だって、高遠(うち)の女は——。  自分に言い聞かせようとしたとき、のんびりとした口調でその言葉は発される。 「早死にするとはいえ、大学くらいは卒業できると思ってたんだけどなぁ」  俯いていた私は、弾かれるように顔を上げて周囲を見回した。
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