一章 高遠千秋

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「あなた——久留米さ、さっき『自分はもう死ぬ』みたいなこと言ってたでしょ。そんなあっさりと生きることを諦めちゃだめだって」 「うちのことをよく知ってる高遠さんがそれ言っちゃう?」  おかしそうに笑う久留米律に、喝を入れるように「知ってるからこそ言ってんの」と私は語気を強めて言った。  嗚咽を漏らす人こそいれど、この期に及んでおしゃべりをしているのなんて私たち以外いないわけで。どれだけ小声で話すよう努めても、この会話は周囲の人に筒抜けであろう。  ここで容易に〝自分たちの事情〟を口にしてしまって良いものか。  逡巡していると、意外にも久留米律の方から「だったらさぁ」と口火を切った。 「ときには諦めも肝心だって。うちの男が早死にするのは、切っても切れない宿命みたいなものなんだし」  あ、と思った。  こんなノリで話してもいいんだ。  ならばこっちだって。  私は久留米律との距離をずいっと詰める。 「だったら、高遠の女がすごく長生きするのだって宿命だよ。私がこうして隣にいる限り、久留米は絶対に死なないから大丈夫」  開き直った私は、きっぱりと言い切った。  ……しかし。 「根拠がなさすぎるよ。高遠さんが生き残って、俺だけ死ぬって可能性も無きにしも非ずじゃないか。犯人が銃を乱発したり」  残念ながら、こちらの言葉は全く響かなかったらしい。 「どうして、そんなネガティブなことを言うの? 余程のことがない限り乱発なんかしないでしょう。犯人だって、大人しくしてたら何もしないって言ってたじゃない」  半ば自分自身にも言い聞かせるよう諭したものの、すっかり諦めモードに入っている久留米律の態度はそう簡単に変わるはずもなく。 「余程のことがあるかもしれないよ。それにこの間、無差別殺人を取り扱った小説を読んだんだけど、犯人が使った拳銃が3Dプリンターで作られたものだったんだ。プラスチックでできた、おもちゃみたいな銃って描写されてた」 「……おもちゃ」  それには思い当たる節があり、ここではじめて、私は言葉に詰まってしまった。  男たちが手にしていた銃。あれも確かにおもちゃみたいだったのである。 「犯人はその3Dプリンター銃を量産して、ショッピングモールにいる人を次々に撃っていったんだ。銃一丁に弾は二発しか入ってないから、一丁使えばひょいと捨てて、また新しい銃を出す。それの繰り返し。今はこうしていても、気が変わったり、何か逆鱗に触れるようなことがあれば、あの犯人だってひょいひょいと無差別に僕らを撃っちゃうかもしれない」  瞬く間に、絶望が蔓延っていくことを肌で感じた。  もう一度言うが、私たちの会話はもれなく周囲の人たちにも筒抜けなのである。  空気が読めないのか、それとも自棄になっているのか。  久留米律のことはまだ分からないことばかりだから、判別がつかない。
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