一章 高遠千秋

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 *  パーティールームに閉じ込められていたときには気付かなかったが、警察やマスコミはかなり早い段階から現場に駆け付けていたらしい。電子機器が没収される前に、慌てて通報をした学生たちが多く存在したのだという。  犯人への説得は長期戦になりそうだ。   ニュース番組の中継リポーターが鼻息荒くそう伝えた直後、犯人たちはあっさり出てきて確保された——とは、後日地元の友人から聞いた話である。 「店長を殺せたので、目的は果たした」  それは取り押さえられる際に、二人の犯人のうちのどちらかがぽつりと洩らした言葉だ。  その後瞬く間に〝居酒屋立てこもり事件〟は、元従業員による店主への復讐劇であったことが世間に広まっていった。  殺害されてしまった店主は相当なパワハラ気質だったそうで、従業員たちに対し、日常的に罵詈雑言をぶつけていたらしい。犯人たちに至っては暴力をふるわれたこともあったとのことで、むしろ事件が起こるまでよく警察沙汰にならなかったものだと思う。  店主の悪行がひとつ、またひとつと報道で明かされていくたび、犯人たちの恨みつらみは相当なものであったことが人々にも痛いほど伝わったに違いない。  とはいえ、いざテレビの人気コメンテーターが「まあ殺されても仕方ないだけのことをやったんじゃないかな」と口を滑らせてしまえば、そこには問題しかないわけで。  その人は、もちろん現在激しく燃え盛っている。  炎上を通り越し、大炎上といった感じだ。  生きていると、つくづく色々ある。  日常の中で訪れた非日常、なんてありがちな言葉を噛み締めつつ、そもそも自分や久留米律の境遇は非日常を通り越し、もはやファンタジーだよなぁ、と改めて考えたりもした。  久留米律が長生きできないことも、私が長生きしすぎてしまうことも、私とともに長生きしすぎる予定だった姉が十九歳でこの世を去ってしまったことも。ゆっくりなぞってみると、つくづく現実味がない現実だ。 「——あ、久留米律」  そんなファンタジー仲間をキャンパス内のカフェテリアで発見したのは、事件からちょうど一週間が経った日のことだった。  テラス席で本を読む姿はなかなか様になっていて、感心すると同時に、事件時のやりとりが嫌でも思い出され、心臓の音が少し早くなる。また物騒な小説を読んでいるのかもしれない。  今回は悩むことなく、私は彼のもとへと向かった。
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