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「なんだか他人行儀だな」
松岡はそう呟くと苦虫をつぶした顔になる。どうやら【LINE】【緊張する】といったワードが癇に障ったようである。
「これじゃあ 一緒に暮らしている感じがしない」
「程よい距離があったほうがいいんじゃないんですか? いつも一緒にいたら喧嘩しますよ」
「喧嘩なんかしない」
「仕事しているのに隣の部屋がうるさかったら気が散るでしょう?」
「気なんか散らない」
「こっちが気を使うんですって」
「…… 同居したこと、後悔してるの?」
「後悔したくないからそう言ってるんです。先生だって、前の部屋をそっくりそのまま移してくれたは、同居していても生活空間は別。今までの状態を続けたかったからでしょう?」
「違う。乗り気じゃなかった君をゴリ押しして連れて来たから、前の暮らしを出来る限り再現して違和感を少なくしたかったんだ。もちろん、同棲まがいのことをしたら世間的にマズいというのもあるけど」
「でしょう? 自分たちの関係をここで認めてもらうのは難しい。だから、四六時中一緒にいるのはマズいんです」
成瀬から念を押されてカチンときたのか、松岡はその後も不機嫌なままだった。成瀬が自慢のコーヒーを「美味しい」と再び褒めても素知らぬ顔。つまり、拗ねていたため、成瀬は松岡が飲み終わると彼の背後に回って肩を抱いた。
「そんなに むくれないでください」
「むくれてなんかいない」
「『二階へ来るな』と言ってるんじゃないんです。会いたい時、いつでも来て下さい」
「【LINE】してから お邪魔するね」
「そんな言い方しなくても……」
「だってそうだろう? さっき言ったことと矛盾している」
言えば言うほどムキになる松岡を見て、成瀬は溜息を漏らした。
――― いつも放っておいたくせに甘えてる。だけど、仕方がないのかも。先生の望み通り、これからは一階で過ごすとするか
そんなことを考えていた時である。突然、来客が知らせるインタフォンが鳴り響き、二人の体がビクリと震える。
「急患ですか?」
「いや、違う。家に誰かが来たんだ」
「こんな時間、何の用だろう?」と、松岡が玄関へ向かって数十秒後。戻ってきた時の表情が苦虫を潰したようになっていた。
「お客さんだ」
「お客? 俺に?」
「そう、君に」
「一体誰だろう……」
「電気屋の市崎さん。渡すものがあるんだそうだ」
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