ひさか

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ひさか

 2180年  佐々井ひさかはコールドスリープを施された後、初の妊婦として世間から注目を浴びていた。    夫の良は自分がコールドスリープするだけのお金はないが、精子を冷凍凍結するだけのお金をなんとか工面した。ひさかをコールドスリープした25歳の時に自分の元気な精子を冷凍保存していた。  そして、ひさかが未来の技術で病気が治癒した後、人工授精をし、生活してゆくための費用も頑張って残していた。  良は自分が死ぬまでの間懸命に働き、ひさかと、その見ぬ我が子の為に懸命に働いた。  自分の生活はつましく、でも、もしかしたら生きている間にひさかの治療法が見つかるのではという希望を持っていた。  そして、働き過ぎたのか、寂しかったのか、未来としては短命である75歳の生涯を閉じた。  一方ひさかは、2179年にギランバレー症候群の治療法が見つかったところで慎重に解凍され、目覚める前に治療をはじめ、それまで自分の免疫細胞により痛められた細胞もすべて回復した。そのまま、亡き夫の精子で人工授精し、もうじき出産を迎える。  コールドスリープ後に病気が治癒しても、妊娠できるケースの若い患者だったのは佐々井ひさかだけだったので、妊娠、出産までの経過を見る為、この間もひさかは国で一切の費用を見てもらえることになった。  そして、その後、誕生した子供の経過観察もかね、子供が20歳になるまでの生活費用も国が見る事と決められたのだった。  いよいよ出産を迎え、無事に女の子が誕生した。 「また会えたね。」  夫の血をひくこの娘は良子と名付けられた。目元や口元が夫の良によく似ている。ひさかは、大切な夫の忘れ形見の良子を抱きしめた。  夫が残してくれた財産はその頃の生活費用としては微々たるものだったが、ひさかは他の生活費は国からの免除に頼っても、良子の誕生日や、入学式といった記念日には夫が残してくれたお金で、かならず良子と一緒に買い物に行って、良子にとてもやさしかったお父さんの話をするのだった。  国から支給されたマンションで、たった一枚残った亡き夫の写真を囲んで。 【了】      
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