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時は諸外国と三国同盟というものが結束された日本大帝国時代の最中。そんな世の中とも露知らずに暮らす街から離れたとある村があった。 そいつの名は鱒弥(ますや)といって、房総半島のある農村の代から続いている由緒ある家系の出身だった。親や親戚はそいつが長男として生まれてくれたことに大いに喜んで将来を期待されたもんだよ。彼らが言うように苦労もかけることなくすくすく育ち十歳になった頃には、村の長としての跡継ぎに継承された。 実直な性格で誰からも信頼されてまぁ言ってしまえばクソ真面目ってくらいに嘘がつけない性分なのさ。 ある日のこと、隣の村からある家族が越してきてこの村に住み馴染んできたころ、十五になった鱒弥の父親がやつにある話を持ちかけてきた。 「お前、あの家族の娘さんと一緒になる気はないか?」 「僕はまだ十五だよ。許婚(いいなずけ)なんて早すぎないかな?」 「何言っているんだ。もうその歳ならそのくらいのことを考えてもいい頃だ。明日、その家族さまが家に来る。ちゃんと挨拶してやってくれ」 何が何だか分からぬまま彼は父親の言うことを聞いて次の日にその家族が彼らの家にやってきた。 「これはこれは、ようこそわが家へ。さあお上がりください」 「突然の事でそちらも驚いたことでしょう。私達もいい婿がいないかと探しておりましてね。ちょうどあなた方のご子息がいらっしゃるとお聞きしまして、ぜひ娘と会わせたいと一心に決めまして……」 その家族は仲江家と言い武士の分家の代から継ぐ家系だと告げていた。両家の親たちが話が盛り上がるなか、鱒弥はじっと畳を見つめたまま彼らの話を聞く一方だった。許嫁だなんてあまり気持ちが乗らないまま自分はこのままその連れてきた娘と一緒になるのかと正気が失せている。そうしているうちに何か囁くような声が聞こえてきたのでふと頭を上げてみると、向かい合わせに座っている仲江の娘が彼を見ては名を呼んでいた。 「何か具合でもよくないのですか?」 彼はその顔を見ては美しい容姿から一瞬で心が奪われて、その場で立っては唖然としていた。 娘の名は雲雀(ひばり)。鱒弥とも同い年だといいぜひ彼とも一目会いたかったと告げていた。気が動転するなか彼の母親は正座するようにいったが落ち着かない様子で不意にあぐらをかいて座ると皆が笑った。 せっかくだからと自慢の田畑を見せて来いと言われて、鱒弥は雲雀を連れて家の目の前に広がる稲穂の畑のところへ案内をした。 「綺麗ですね」 「毎年僕たちが丹念につくっているんだ。あともう少ししたら稲刈りの時期になる」 「あなたは私と一緒になることがお気に召さないですか?」 「それは……親父たちが勝手に決めたことだし。それでも僕でいいのなら家に来ても構わない」 「もう少しだけ時間をください。私もすぐに決めれることではありませんし」 「ああ。そうしていい」 一週間ばかりが経ったある日、鱒弥の家に郵便屋がやってきて彼宛ての手紙を受け取り差出人を見てみると雲雀からだった。彼女はぜひ鱒弥の元に許嫁として迎えて欲しいとしたためてきて両親にその事を伝えると大歓迎して早速婚儀に向けて準備を進めていった。 その後二人は新しい家を構えて一緒に暮らすこととなった。その晩、鱒弥は並んだ布団に入るとその隣の布団の上に正座する雲雀を見て、早う寝ないかと告げると彼女は俯いたまま浮かない表情をしていた。 「家に帰りたいか?」 「いいえ。こうして二人きり並んでいることがどうも慣れなくてどうしていいものかと……」 「とにかく、明日も早い。そのまま布団に入って寝た方が良い」 「あなたの隣には入っても良いですか?」 「僕も緊張がして落ち着かない。とにかくその布団に入るんだ」 「わかりました。おやすみなさい」 少しだけ寂しそうな雲雀。鱒弥はその気持ちを察しできないまま一晩が過ぎていった。
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