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秋晴れの数日が経ったある日、鱒弥と雲雀は村の仲間たちと一緒に稲刈りに勤しみ合間に彼女の作った握り飯を食べてはともに微笑みながら作業に追われていった。稲掛けを終え家に戻ってきた晩、夕飯を済ませ風呂釜に入って一息ついた後、鱒弥は雲雀にある話を持ちかけた。 「そろそろ、自分らの子が欲しくないか?」 「私も、同じこと考えていました」 「雲雀、こっちにおいで」 彼は彼女を抱きしめて蝋燭(ろうそく)の火を消し互いに手探りをしながら初夜を過ごしていった。 さらに月日が経ち、蝉の鳴き声が鳴り響く頃、臨月を迎えた雲雀は寝床で唸りながら苦しみ出していたので、鱒弥は自分の祖母であり産婆の凪を呼んだ。予定より早くお産が来ていると打ち明けると、凪に言われた通りに彼は湯を沸かし天井から綱を吊るして雲雀を仰向けにさせて体をさすりながらいきんでいくように指示を出した。 凪は鱒弥に隣の居間で待機するように促すともう一人助産師が来てその様子を襖の間から両手を握りしめながら見守っていた。何度かいきんでは綱を引き体が震えてきている雲雀に凪は励ましの声をかけていくと、やがて足が出てきたので逆子だから慎重に引くように取り出すと甲高い声が響いて男の赤子が産まれた。 しかし、凪は呆然として赤子の体を包くるむと鱒弥を呼び出しこちらに入ってくるように声をかけてきた。 彼は愕然とした。雲雀の横で手足を動かしながら泣くその赤子の頭がないことに動揺を隠せなかった。 「一体、どうしてこのようなことが……」 「ともかくこれはあんた達の子には間違いない。まさかと思うが……」 「どうしたの?」 「いや、なんでもない。雲雀、よく頑張った。起き上がれるかい?」 「はい。……どうして?なんでこの子には顔がないの?」 「私にも分からん。だが、二人の子なんだからこれから大事に育てていくんだよ」 「村の人にはなんて言ったらいいのだろう?」 「どんな姿であれ、誰に何を言われても胸を張っていなさい。ほら、鱒弥。抱いてみなさい」 鱒弥はその赤子を抱き表情の見えない我が子に違和感を持つも二人の結晶の証として共に暮らしていくことを決めた。その後村人たちも彼らの家に来て祝いの品を持ってきてはその赤子を見るなり不気味な雰囲気を感じながらも二人を励ましてくれた。男の子の名を(ひさし)と名づけ、彼の成長を楽しみにしながら五年の月日が流れていった。 鱒弥は雲雀と恒を連れてある家にやってきた。そこは彼の幼馴染みがいるところで宿屋を営んでいる。 「こんにちは」 「こんにちは。恒、大分話ができるようになってきたな。村のみんなとは遊んでいるかい?」 「それが、声をかけてもなかなか付き合ってくれる子がいないんだ」 「そうか……ああ、佳枝。この子にお手玉を貸してやってくれないか?」 「ああこれかい?いいよ、あんた、教えてあげてちょうだい」 「恒、こう持って……一つ上に上げたらもう一つの手で掴むんだ」 「……こう?」 「そうだ、上手だな。なかなかいい腕している」 初めて手に取るお手玉にすぐに興味を持った恒に鱒弥と雲雀も笑顔で安心している様子だった。 「そういえばもうすぐで恒の誕生日だな。三人で祝うのか?」 「ああ。他の人も色々気にかけてはくれているが、俺達で祝うことにしている。そっちもいつも気を遣わせてすまない」 「いいんだよ。うちの子はまだ一歳だしもう少し経たないと恒とも遊んでやれないからさ。その日まで俺らも頑張らないとな」 「お互いにこの村を支えていこう。俺も村長という立場だし何かと人の手を借りたいんだ」 「二人は次の子を考えてはいるの?」 「まあ、一応は。恒、弟か妹どっちがほしい?」 「どっちもほしい」 「欲張りだな。まあどんな子でさえ生まれてくるのにはそれぞれの宝だしな」 あっという間に陽が落ちて彼の家を出た後に三人は家に帰ってきた。数日後の恒の誕生日を皆で祝い夜が更けて恒がうとうとと眠たそうにしていたので、雲雀は彼を寝かしつけやがて二人も寝床に着いた。 数時間後丑三つ時の刻になった頃鱒弥はふと目を覚まし隣にいるはずの恒がいなくなっていることに気がついて、すぐさま雲雀も起こし、家じゅうやその周辺を探し回ったがどこにも見当たらない。もしやと思い松明(たいまつ)を焚いて田畑の傍にある水田のところまで来ると、水面に小さなわらじが浮かんでいた。 雲雀に松明を持たせ鱒弥は水中に浸かりながら隅々まで探していくと何かの物体が足元に当たりそれを持ち上げてみると、恒がぐったりとしておりすでに息を引き取っていた。
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