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恒が亡くなり悲しみに暮れるなか、それからして五年の月日が流れていき鱒弥と雲雀は二十六歳になった。二人が結婚して十年が経ったこともあり村の人々が記念を祝おうと家に駆けつけてくれた。 「いやあ、それにしても雲雀は相変わらず綺麗だな。十五歳の時のままでいてうらやましい。鱒弥ともだいぶいい夫婦仲になってきているだろう?」 「まあな。この村に来た頃はまだおどおどしていたもんな」 「今じゃすっかりみんなが頼ってくれるから私達も安心して暮らせています。本当にみんなのお陰です」 「二人とも、次の子は考えているのかい?」 「ああ。もうそろそろ迎えてもいい頃かと思っているよ」 「恒がいなくなってお前たち寂しいだろう?なんとしてでも子を授かって欲しいんだ」 「そうだな……雲雀、お前はどう考えている?」 「もちろん私も欲しいです。次はできれば女の子が良いなって」 「そうだね。この村は男たちが多いからできれば女がいいね。もう頼りになれる子が欲しいよ」 その日の晩、家に帰った二人は抱えてきたたくさんの祝い品を並べては片づけて村の皆から期待されていることに少しの重圧を感じながらも恒のためにと子を授かることを考えて一つの布団に共に一夜を明かしていった。 十数ヶ月後の春、出産を控えた雲雀は凪とともに数日同じ家に過ごしていき陣痛が始まるとその準備に取り掛かっていった。二回目のお産という事もありわずか数時間で再び男の赤子を産まれたが、またしても顔のない首から胴体や手足のある子がそこには佇んでいた。 雲雀は気丈に振舞ってせっかく産まれてくれた子なんだと言い聞かせるようにその子をあやしていった。男の子の名を道哉(みちや)と名づけて鱒弥とともにすくすく育っていく彼を見守りながらまた五年の歳月が流れていった。 五歳の誕生日が過ぎた頃道哉は村の子どもたちと遊びたいと言い出して、雲雀は彼を連れて家々を周ってはその子どもらの親に頼み込んだがなかなか相手にはされず結局家に戻ってきて鱒弥にその相談を持ち掛けた。 「そうか、みんな断られたか……」 「この子は何も悪い事なんてしていないのよ。なのに顔がないからという理由で追い出すようにかまってくれないの。どうにかして説得してくれないかな?」 「とりあえず頼んでみる。二人とももう寝る時間だよ。先に布団に入ってくれ」 亥の刻を過ぎた頃に鱒弥は近所の家を訪ねて、なぜ道哉を避けているのか聞いてみていったが、やはり顔のない子と親しくするのがどうもしっくりとこなくて彼ら夫婦もそのまま面倒を見ていってもいいのかと言い返されてくる一方だった。 刻は丑三つ時。道哉の眠る枕元に何かの声が聞こえてきて彼が目を覚ますと姿の見えない子どもの声がそこにあり、一緒に遊ぼうと告げてきて道哉はためらいもなくその子とともに家を出た。一時間が経ち雲雀が目を覚ますと道哉はまだ帰ってきていないので鱒弥を起こし、急いで田畑へ向かって名を呼びながら探していったがどこにもおらず、再び家に帰ろうとした時、ある家の横にある井戸から声が聞こえてきたので綱を引き上げていくと釣瓶桶つるべおけの中に人間の血が混ざっていた。 そこの家の人を呼び起こして長い竹竿で井戸の中をかき回していくと人らしきものが浮かんできたので大人三人で引っ張り上げると溺死した道哉の姿があった。 「またしても……」 「鱒弥さん。あんたたち夫婦にいったい何が起きているんだい?」 「今はこの子の弔いを鎮めなければならない。俺達にはそれしかやれることがないから、とにかく家に引き連れていくよ」 「気をしっかり持つんだよ」 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。では」 二人は道哉を連れて家に戻り、身体を拭いてあげて遺体を布にかぶせて夜が明けるのを待っていた。その後しめやかに葬儀を執り行い家から離れたところにある墓場に行き、恒の墓の隣に遺骨を埋葬して合掌した。
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