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翌年鱒弥と雲雀は新たに子を授かり、彼の実家へ訪れた時の事である。家に上がるとちょうど凪も来ており次の子が健全な状態で生まれてくるように祈祷師を呼んで安産祈祷が行われた。 それが終わると二人を取り囲んでお腹の膨らんでいる雲雀の身体を触っては今度こそ顔のある子を産んで欲しいと皆が願っていた。 一方で凪は雲雀の容姿を見ながらあることを鱒弥に尋ねてきた。 「お前、あの子が年を取らないのが変だと思わないのか?」 「僕も、それが気になって彼女に聞こうとしたんだけどなかなか声をかけられないんだ」 「いやね、あの子がこの村に来た理由っていうのに何か引っかかる気がしてならないんだよ」 「どういうこと?」 「噂で聞いたんだが、街にいたころに平将門公の墓に近いところに住んでいたらしくて……つまり首塚があった場所で雲雀が生まれたっていうらしいんだよ」 「この死との因果関係でもあるとでも?」 「噂が噂だから明確なことはわからん。ただ、もし彼女が何かに憑りつかれている子だとしたら……お前さん別れた方が良いんじゃないかって思ったんだ」 「単なる迷信だ。俺は何があっても別れない。たとえ彼女がどんな身であろうとも、俺らの元にどんな子が生まれても自分たちの子であることには変わりはない。祖母(ばあ)ちゃん、お願いだからそのことは誰にも言わないでくれ」 夕刻になり二人は粗品を抱えて家に帰ってきた。雲雀は早速夕飯の支度にとりかかり鱒弥の友人である猟師からもらった猪の生肉を包丁でひと口大に切っていき他の野菜も切っては籠に並べていった。 鱒弥は帳簿に目を通して次の田植えの時期までに使う稲の苗をいつ買いに行こうかと考えていた。すると台所にいる雲雀の気配がしなくなったので様子を見に行くとその隅で彼女は何かを食べているようだったので彼が声をかけてみると、彼女は血眼になりながら(むさぼ)るように獣臭が漂う猪の生肉に食らいついていた。 「雲雀、どうした?それ生肉だぞ?」 「ごめんなさい。どうしてもこの匂いにつられて肉を食べてしまったの」 「そんなに腹が減っていたか?」 「私もわからないまま気がついたら食べていた。もうこんなことしないから誰にも言わないで」 「わかったよ。俺も支度を手伝う。この鍋を囲炉裏に持っていっていいんだな?」 「はい、お願いします……」 二人が囲炉裏の前に座り鍋をつつきながら産まれてくる子どもの話をしていった。鱒弥は凪から言われた雲雀の不老の事について心の中で気にしながらも彼女の前ではそのことにできるだけ触れないように振舞っていった。 その年の初冬、鱒弥が稲から収穫した(もみ)を籾擦りと袋詰めの作業を行いそれを終えた頃、蔵に収めて家に帰ろうとした時、ある村人が彼のところに慌てふためいて来ては雲雀がお産で苦しんでいるからすぐに家に戻るように告げてきた。 彼は急ぎ足で家へと向かい居間に上がると隣の部屋で凪がついているなか、息みながら声を上げては泣きながら鱒弥の名を呼びつづけて、その声を聞いては一緒にいる村人たちとともに固唾をのんでいた。やがて産声が上がり襖を開けてその姿を見てみると、またしても顔のない男の赤子が泣きわめいていた。 村人がどよめきながらその赤子に近づいては不思議そうに見つめ、その中の一人が赤子の手を握ると次第に気持ちが収まりこちらが笑うと赤子も嬉しそうに反応していた。それを見て鱒弥や雲雀は村人たちがその子の事を少しは受け入れてくれたのかと思い気が収まっていきながら大人たちでその子を守っていこうと決めた。 そして五年の月日が流れていき五歳になったその子とともに雲雀は村人が集まる憩いの場へ彼の手を引きながら連れてきた。
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