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将来どんな職業に就きたいか。
幼稚園の頃から、大人にそう尋ねられる機会は多かった。だから、小さな頃はとりあえず、コンビニの店員さんとか、ケーキ屋さんとか、そんなことを言っていたような気がする。ぶっちゃけ、他に職業というものをよく知らなかったからというのが大きい。
小学校に上がったら、知っている仕事の種類も増える。小学生で今一番人気の仕事はユーチューバーとプロゲーマーなのだという。でも私はどっちもなりたい仕事だとは思えなかった。自分には無理だと思ったというのが大きい。ユーチューバーのようにトークをしたり、難しい動画編集ができる自信なんてない。プロゲーマーにしたってそう、簡単な格闘ゲームで友達と対戦してもろくに勝てたためしがないほど不器用なのだ。自分には早々に無理だと諦めた。
そもそも、私は大人になりたいとも思えないのである。
だってそうだろう、ネットを見てもテレビを見てもリアルであちこち見回しても。疲れた顔をした大人ばっかり目につく世の中ではないか。
『残業多すぎ。いつになったら帰れるかわかんない。つらい』
『保育園入れなかった。なんでこんな不平等なんだ、日本死ね!』
『旦那がちっとも育児を手伝ってくれない。結婚前に言ってたことはなんだったんだ、マジで腹立つ』
『飲み会行きたくないのに、上司が来い来いうるさい。そんな文化復活しなくていいのに』
『正直、心ないコメントが多くて折れてしまいました。暫く動画投稿はお休みします』
仕事がつらい、育児がつらい、誹謗中傷やら人間関係やら不倫やら。何かでつらいつらいと愚痴を吐いている大人ばっかり。仕舞いには、今の自分がつらいのを全部、世の中だとか政治だとか、とにかく誰かのせいにしようとしている人ばっかりなのだ。
大体、今の政治家や政党に不満があるならば、自分の理想を体現してくれる別の政党に投票すればいいだけなのに何故それもしないで文句を言っているのだろう?理想の候補がいないなら、自分で立候補すればいい。多くのオトナには選挙に立候補できる権利があるはずなのにそれもしない。
仕事とは辛いもので、大人になると苦しいことばっかり。そして、大人になったらみんながみんな、己の苦しさを誰かのせいにするようになってしまうのだろうか。そんな姿ばかり見ている子供達が、果たして大人になることに夢や希望を持てるものだろうか?答えは否、だ。
もちろん、世の中には楽しそうにレストランで働いている人や、笑顔で踊っているアイドルなんかもいる。でも、愚痴ばかり吐いている大人たちの声を聴いていたら“どうせみんな、陰では辛い辛いとそればっかり言っているんだろうな”としか思えなくなるというものだ。
――大人になんか、なりたくない。ずっと子供でいたい。
夢なんて持てない。あるのはそんな願望だけ。
でもそれを口にすると、親も先生もみんな“いつかは大人になるんだから”とか“そんなことばっかり言ってないで成長しなさい”とか、そればっかり言ってくるのだ。私達子供から夢や希望を奪っているのは、他でもない大人だということも気づかずに。
「なんだかなあ」
結局。
原稿用紙はそのまま、家に持って帰る羽目になってしまった。私の手元には、一行どころか一文字も書けていない白紙の紙が。
「どうしよう……」
興味のある仕事がないわけじゃない。でも今はそれ以上に、大人になるのが怖いという気持ちが勝っている。同時に、どんな仕事なら自分にもできるかがわからない。だって勉強だって運動だって絵だって音楽だって、私より上手い人なんかごまんといるのだから。
――兄貴なら、どうするのかな。
私はリビングでぺったんこになったまま、ちらりと玄関を見た。もうそろそろ、年の離れた兄が帰ってくる時間のはずだ。
彼は大学一年生。火曜日の講義は、昼過ぎで終わるのだと聞いている。
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