マイロード、ユアロード

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 *** 「ふごおおおおお……」  長身で眼鏡、マンモス校の文学部に通う兄は。手洗いうがいをしてすぐ、ソファーで轟沈していた。なんだか真冬ちゃんの姿と似ている。そう思ったところで、ピンときた。兄は将来小説家になりたいと言っていて、それで大学の文学部に入ったという経緯があったはず。そして、サークルも文芸部であり、毎日のように読書か執筆に明け暮れているのだと。 「お帰り、兄貴。元気ないね。小説がうまくいかないの?」 「ふおおおお、聞いてくれるか、妹よ」  ぐでん、とそっくり返りながら言う兄。 「今度な。スターライツっていう小説投稿SNSの、空想小説コンテストにみんなで出すってことになったんだけどな。そのお題が難しすぎて、全然ネタが思いつかないんだ。“桜が嫌いな理由”って限定的すぎない?それなのに、うちのサークルのメンバーは一人短編三つずつ書いて出すってことで話が固まっちゃったのよ。無理。絶対無理。思いつかねえ。部長は鬼だ、悪魔だ……」 「た、大変そうだね」 「おう。……でも、ここで躓いているようでは、小説家なんて夢のまた夢だしなぁ。社会人になったら小説書く時間も減っちまうだろうし、今のうちに速筆の訓練しておかねえとぉ……。短編三本程度で音を上げてる場合じゃねぇぇ……」  でもちょっときゅうけい、と魂を飛ばしながら告げる。どうやら、大学で相当格闘してきた後らしい。講義が終わる時間より帰り遅かったのは、つまりそういうことであるようだ。 「兄貴さ、なんで小説家になりたいの?」  この状態の兄に、まともな相談なんてできるだろうか。そう思いつつ、こっちも三日以内に作文を書き上げて持っていかなければいけない状況である。申し訳ないと思いつつ、尋ねることにする。 「私さ、学校で作文の宿題出ちゃってさ。将来の夢を、原稿用紙四枚以上書いてこいっていうわけ。でも、全然思いつかなくてさ」 「え?お前、作文苦手だっけ?」 「作文が苦手なんじゃなくて、お題が苦手なの。将来の夢って言われても思いつかないんだもん。だって大人って、辛いことばっかじゃん。みんな毎日のように愚痴言ってるし、社会の文句ばっか言ってるし、笑顔で仕事してる人も影でみんな不満ばっかりなんだろうなって思ったら……大人になるってことに夢や希望なんて持てないじゃん?でもって、将来仕事にできるほど……自分に自信があることなんか何もないとあっちゃさあ……」  小さな頃。自分はものすごく歌が上手いと思っていた。
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