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私は本は読む方だし、漢字を読むだけなら難しい字も結構読めるが。以前、とある大御所作家の作品とやらを読んだら、数行でダウンしてしまったことがあったのである。まったく好みでなく、面白いと思うことができなかったのだ。大きな賞も取っている、凄い作家であったはずなのに。
「俺はごく一部の人の心を震わせることができたら、もうそれでいいかなって思ってる。そういう作品を書きたいんだ。それが俺の、生きていく道だって思ったから」
「道?」
「そう、道。人生って、よく道に例えられるだろ?夢もそうなんだよ」
言いたいことがわかるようでわからない。困惑する私の頭を、兄はぽんぽんと撫でて言った。
「大人ってそりゃ、面倒くさいことも辛いこともあるだろうけどさ。でも、小説書いて届けて、誰かに感動してもらうってのは……大人になってからが本番だっつーか。本格的にできることだっつーか。そういう夢があったから、俺は大人になるのが嫌じゃなかったよ」
夢があれば、大人になるのが嫌ではなくなる。
その言葉を、私は舌の上で転がした。それは初めて感じる、まるで恋にも似た甘さで。
「妹ちゃんよ、お前、ひとまず小説家目指してみるか?俺と一緒に。楽しいぜ、小説書くの」
「楽しい?」
「おう、楽しい。で、マジで楽しいと思ったら、それを仕事にしたくなるのが人間だ。作文にも、ひとまずそういうこと、書いておけばいいんじゃね?何も、今作文で書いた夢を、将来ずーっと目指さなくちゃいけないってことでもないんだしな。小学生のうちなんて、それを考える長い長い道の途中みたいなもんさ」
なんだろう。いつもちょっとだらしない兄が、今日はものすごくかっこよく見えたのだ。
そうかも、と私は頷く。
何もかも理解できたわけではないけれど、なんだかすごく納得したのだ。うまくは説明できないけれど。
「……ありがと、兄貴。私も、探してみるよ。自分の道ってやつ」
「おう」
将来の夢。
そんなタイトルの作文なのに、私は結局自分の夢がなんなのかを書かなかった。兄に相談したことを、そのまま作文にしたからだ。
それでも先生は、笑顔で“素敵な作文ね”と褒めてくれた。きっと先生も先生で、私達子供が何かを見つけるのを待っていてくれたということなのだろう。
『私も、小説を書いてみようと思います。
まだ、小説家になりたいとか、決めたわけではないけれど。
でも、書いてみて、楽しかったらそれを目指してみようと思うのです。
兄には兄の、私には私の道がある。
夢に続く道はきっと、ひとつだけじゃないと思うから』
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