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おまえが、いい
その途端、いつものナオのいい匂いを何倍にも濃くしたような、まるで濃厚なはちみつを零したかのような香りが背中の方から漂ってきた。
ゾクリと背筋を撫でてゆくその粘ついた空気に、正気を蝕まれ、歪んだ空間を指先で手繰り寄せ、ナオの元へ歩み寄る。
ナオは、自分の体を抱きしめて、少しだけ震えていた。
「…こんなとこ…見んな…」
「ナオ、大丈夫だ、から」
「…うそ、へんだ、…なに、これ」
あっと言う間に、むせ返るほどのフェロモンに満たされてしまった薄暗い部屋で、大切な恋人が苦しそうに眉根を寄せて下唇を噛んでいる。
もう、おまえの声も聞こえなくなってしまいそうで怖い。
おまえが、ジュンペーが、わかんなくなりそう、やだ、やだ、やだ。
おまえが、いいのに、わかんなくなるの、やだよ。
か細い声で、ナオがそんな風に言ってくれる。
もう一度、大丈夫だから、と言ってやりたかったのに、喉がからからに渇いてしまっていて、かすれた吐息だけが漏れた。
そうだ、大丈夫 ― 頭ではそう思っているのに、手が勝手にナオの頬に触れてしまう。
どうしよう、止まれなかったら。
泣かせたりしたくねえのに。
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