前編

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前編

 夏帆は、駅ナカにある売店横の壁にもたれ、流れる人ごみを眺めた。府の主要駅なので、右に左にと大勢が行き交う。休日のため、遊びに行く人や海外からの旅行客が多い。  待ち合わせのときは、いつもケータイ片手にこの景色を目にした。ここに来るのは数ヶ月ぶりで、すこし懐かしささえ感じる。  そのとき、人ごみの中から一人の男子が歩いてくるのが見えた。ラフな私服の高校生で、ちょっと髪を明るくしている。そのため、初対面の相手には「チャラい」という印象を与えがちだ。  彼は夏帆に目を止め、まっすぐやってきた。そしてニッコリ笑う。 「遅なってゴメン。待たしてもうた」 「奏多があたしより先に来たためしないやん。もう慣れっこですう」 「ほんまゴメンて。でも、こうして、おってくれて嬉しい」 「……うん。えっと、今日どうしよ?」 「そうやなぁ。あ、いま、前評判のよかった映画やってるやん? あれ見たかってん~。夏帆は?」 「ああ、上映してたんや。ええけど、予約なしで大丈夫かなぁ」 「とりあえず、行ってみよ」  二人は駅の建物から出て、シネコンに向かった。  途中、夏帆はチラチラ奏多を見る。それに気付いて、彼が屈託のない笑顔を広げた。 「なに? 俺がカッコイイから見とれてんの?」 「アホちゃう。奏多はどうがんばっても、『カワイイ』カテゴリやな」 「そうやんな~。前に『お姉ちゃんと弟さん?』言われたんはショックやったわぁ」  夏帆は年齢より大人っぽく見られがちなので、言った人に罪はないと思う。が、彼女は口にしないでおいた。  奏多が気を取り直して笑う。 「まぁ、夏帆に告ったときは玉砕覚悟やったからな~。俺みたいなガキっぽいの相手してもらえへんわ、って。でもカノジョになってくれたんやから、姉弟に見えるぐらいどうでもええか」 「玉砕する気あったんや。毎日毎日『付き合うて!』って言うてきて、コイツ永遠に諦めへんわ、って思うた」 「アハハ、自分でもしつこかった思うわ。けどそれで正解やった。夏帆の恋人になれたんやもん、奇跡やで」  夏帆は目を逸らして唇を噛みしめた。 「そんなん……言わんといてぇや」 「あ、ゴメンゴメン。オーケーしてくれたんやから、夏帆は俺の魅力に参ったいうことやな!」  夏帆は、『しゃあないからお試しで付き合うてみるか』というふうに折れたことを思い出した。彼の言葉との齟齬に、つい笑う。 「めっちゃポジティブ。付き合うてみて、『なんか違う』って振られたかもしれへんのに」 「うわ、ホンマや! 浮かれとって、そんなん考えてなかった!」 「らしいなぁ。やから、『テンション低い』って言われがちなあたしと、一緒におれたんかも。奏多が倍、にぎやかやもん」  すると奏多は考え込む表情になった。 「みんな夏帆のこと分かってへんよな。怒ったときはオーラだけで怖くてたまらんし、散歩してる子犬を見かけたらメチャクチャ優しい目になるし」  それからニコッと笑った。 「面白いことあったら、えらいかわいく笑うし。俺、それ見たとき、二回もガチで惚れることあるんやって知ったわ~」  夏帆はストレートな言葉に赤面した。くすぐったくて、思わず顔を背けてしまう。 「な、なに言うんてんのよ。そんなあけっぴろげに口にして、すこしは照れるとかないん?」 「ハハ、わりと照れる~。でも、逆やったら俺も言われんの嬉しいし。恥ずかしがってる夏帆も見れるし。そう思うと、言葉にせんほうが損やな」  そうか、と納得して、夏帆は相手をじっと見た。 「奏多は、超絶かわいいよ」 「やっぱそっちかぁ~」 「女子にとって『かわいい』って、ある意味、最上級の誉め言葉やけどなぁ」 「マジで!? 俺もしかして、夏帆をメロメロにしてる?」 「メロメロ……? まぁ、奏多がわんこやったら、家ではずっとそばにおって、寝るときも一緒みたいな?」 「ええー、それヤバイ! 俺、生まれてくる種類を間違えたわ!」  彼が本気でそう思っているようなので、夏帆はクスクス笑った。 「でも、わんこやったら散歩やお出かけしても、デートやないけどな」 「くうー、究極の選択!」 「あたしは、奏多が人間で、カレシカノジョになれるほうが嬉しい」  すると奏多はぶわっと真っ赤になって、顔を両手で覆った。 「夏帆にそんなん言われたら、嬉しすぎて泣く……」 「奏多って、思いっきし気持ちぶつけてくるクセに、自分が言われんの弱いなぁ」 「そら、マジで好きな子やもん。威力ハンパないって」 「その反応を見てたら面白なってきた。奏多が笑うてくれたら、ほかのことはどうでもようなるよ。めっちゃ癒やされる」 「うう、夏帆が追い打ちかける……」 「なによ、褒めてんねんで?」  奏多は手を下ろして彼女を見、照れ臭そうに笑った。 「うん、ありがと」  シネコン自体が混んでいたものの、映画のチケットは運よく次回ぶんが購入できた。そのあとに満席という表示が出たので、ギリギリだったようだ。  ウキウキする奏多に、夏帆は尋ねた。 「そんなに観たかったん?」 「この監督の作品、DVDで一緒に観たやろ? あのころからファンやってん。なんて言うか、男心をくすぐられるんやな~」 「ふぅん」 「あー、夏帆は『普通』言うとったもんな。付き合わせてもうたか」 「ううん。この映画、かなり評判ええやん。いつか観たかもしれん」 「二人で楽しめるとええな」  夏帆は、映画を待つ人たちの中に自分がいることが、不思議な感覚だった。  やがて現在の上映が終わり、観客がゾロゾロ出てくる。場内整理が終わってから、入場案内が表示され、係員が呼びかける。  奏多が嬉しそうに促した。 「じゃ、行こか」  席は端だが、前すぎず後ろすぎず、観にくくはなさそうだ。 「夏帆はいちばん端っこが好きやろ?」 「あー、うん」  お言葉に甘えて、その席に腰を下ろす。隣に陣取る奏多を見て、やっぱり奇妙な感じがした。彼は相当に楽しみらしく、ソワソワしている。 「どうしよ、落ち着かんわぁ」 「そもそも、奏多が落ち着いてるときなんてあったっけ」 「ひどっ。そら夏帆とおったら、嬉しうて挙動不審にもなるわ」 「またそーゆーことを」  たわいもない会話をしていると、開始のブザーが鳴って場内が暗くなる。夏帆は隣に向かって言った。 「映画、楽しもうな?」 「うん!」  奏多は目いっぱいの笑顔で大きくうなずいた。
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