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架空の三角関係
そうして、今日までの一年半、二人はセックスフレンドとして付き合ってきた。
(その間、どんどん好きになってるなんて、ぼくってバカだなあ……)
――嘘までついて、冴木くんの側にいたいなんて、滑稽だ。いつまで、この関係を続けていくつもりなんだろう。
桃野は脱いだままの麻のシャツを羽織った。キスはなし、といったくせに、冴木は桃野の肌に、いくつもキスマークをつけている。
唇を落とし、きつく吸い上げて、赤紫の花びらを散らす行為は、彼の中では求愛行動に入らないのだろうか。所有の跡とも呼ばれるキスマークをつけて、平然としている冴木は、余程心が広いに違いない。一般的には、キスマークは独占欲とセットであり、「こいつは俺のもの」という証なのではないのか、と桃野は思っていた。
(それとも、ぼくに興味が無いからかな……。だから平気でつけられるのかも)
はあ、と深い溜息が出る。セフレになってから、桃野はネガティブになっていた。もともと悶々と考えるタイプだったが、悪化している自覚がある。それも全て、自分が最初についた嘘――他に好きな相手がいて、叶わない恋をしている――という、架空の三角関係のせいである。
(もう止めた方がいいんだろうな)
――一年半もセフレをしていて、関係が進展しないなんて、冴木くんはぼくのことを恋愛対象として見ていないんだ。これ以上続けても、時間を無駄にするだけ。ぼくは自業自得だからいいけど、でも冴木くんはまだ若い。大学院に進む予定だって言っていたけど、でもどこかで終わりにしなくちゃ……。
冴木は現在大学四年生。さらなる進学を機に、気楽な遊びの関係を精算したい、と考えても不思議ではない。
(もう会わない、って言われたらどうしよう)
――ううう……辛い。
桃野は体育座りをし、膝をぎゅっと抱きしめ、顔を伏せた。胸がナイフで刺されたようにズキズキと痛む。
本当は、別れたくない。桃野がなりたいのは、セフレではなく、恋人なのだ。冴木と正式に付き合いたい。付き合って、唇にキスをして欲しい。愛の言葉を囁いて欲しい。
ならば自分が告白しようか、と大それたことを考えた日もある。しかし、出来なかった。振られるのが怖いのだ。
(なんだかんだいっても、ぼくは臆病なんだ……)
結局桃野はズルズルと関係を続けていた。
「桃野さん。お風呂どうぞ」
冴木が戻ってきた。長めの黒い髪が濡れ、毛先からぽたぽたと滴っている。上半身は裸で、下は細身コットンパンツを穿いている。引き締まった身体全体から、ほかほかと湯気が立ち、厚い胸板から腹筋を玉の汗が滑り落ちいく。
あの筋肉質な肉体に先程まで抱かれていたと思うと、桃野はどっきんと心臓を跳ねさせた。
「さ、冴木くん! 早く服着て。湯冷めしちゃうよ」
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